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現実の世界にどう役立てていくか

私が選んだ10冊は、7冊が経済学の「メインストリーム」ともいえる標準的な分野に関するもので、残りの3冊が、狭い経済学の枠に収まらない広い視点を持った「未来志向」の書籍となっています。

1冊目は、経済学の「いろは」をマスターできる入門書をご紹介します。2001年にノーベル経済学賞を受賞し、現在はコロンビア大学で教えるジョセフ・スティグリッツ教授による『スティグリッツ入門経済学』です。 

今日、経済学の入門書は、グレゴリー・マンキュー教授やポール・クルーグマン教授など、多くの大家によって書かれていますが、本書はその先駆けとなった名著です。 経済学のコンセプトや考え方を初歩的なレベルから理解できる内容で、経済学の全体像をつかむのに適した入門テキストです。 

この本には、個人的な思い入れがあります。私が大学1年生だった1998年に初めて購入し読破した経済学の教科書だからです。

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2冊目から10冊目は、「ツール」「使い方」「未来志向」という3つの視点に分けてそれぞれ3冊ずつ選んでいます。 

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「次なる教科書」を意思決定に活かす

最初のスティグリッツ教授による経済学の入門書を読んだ後に読み進めてほしいのが、「次なる教科書」ともいえる「ツール」の3冊。経済学というツールを理解することで、「世の中がどう見えるか」「現実の世界にどう役立てていくか」が身につきます。 

『ミクロ経済学の力』は、需要と供給の分析に代表される、経済学のコア部分ともいえるミクロ経済学についての骨太の教科書です。著者は、私の大学時代の恩師でもある東京大学の神取道宏教授です。 

この本の特徴は、東京大学経済学部の学生向けに行われるミクロ経済学の講義ノートを基にしている点です。一般的なミクロ経済学の教科書と比べると、かなり上級者向けの話題にまで踏み込みますが、講義なのでライブ感があって読みやすいです。

次は『「原因と結果」の経済学』です。「エビデンス・ベースド(科学的根拠に基づく)」という言葉がよく使われていますが、そのアプローチをわかりやすく紹介しています。

例えば、ビジネスの世界では、経営戦略として「Aを取るか、Bを取るか」を決めなければならない、といった状況に直面することがしばしばあります。この際に、行き当たりばったりで戦略を選ぶのではなく、しっかりと事前に正確な予測を立てたいものです。

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ここで重要なのは、参考となりそうなデータをどう分析すればよいか、もしくは、そもそもどういうデータを集めればよいかです。データから原因と結果の関係、つまり因果関係を見いだすことのできるツールには、さまざまなものがあります。

因果関係を明らかにする研究のことを「因果推論」と呼びます。本書は、因果推論を前提知識ゼロからきちんと学ぶことができる画期的な入門書です。

「ツール」の3冊目は、プリンストン大学のダニエル・カーネマン教授が書いた『ファスト&スロー』です。「行動経済学」と呼ばれる分野を幅広く紹介した、入門書の決定版として知られています。

行動経済学は心理学と経済学の融合分野です。カーネマン教授は、ノーベル経済学賞を02年に受賞しましたが、彼自身は心理学者です。

伝統的な経済学が想定する人間像は、「人は合理的に意思決定ができる」としています。例えば、買い物をするときに、「同じ商品だったら安い方を買う」という具合です。しかし、現実の人々は、いつも合理的な判断ばかりしているわけではありません。

カーネマン教授は、人間の意思決定が合理的ではなく、バイアスがあることを、さまざまな形で主張し研究してきました。彼の功績は、こうした意思決定のバイアスに一定の傾向があることを明らかにしたうえで、合理性を前提とした従来の経済理論とは異なる理論を構築した点にあります。

その結果、行動経済学は現代の経済学において大きな存在感を持つ分野へと成長しました。

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経済学を現実社会で使うために

次は、現実社会の役に立つ経済学の「使い方を学ぶ」ための3冊です。

1冊目は、12年にノーベル経済学賞を受賞したスタンフォード大学のアルビン・ロス教授による『フー・ゲッツ・ホワット』。ロス教授は「マーケットデザイン」と呼ばれる分野の先駆者で、今なお学会をリードする第一人者です。

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マーケットデザインとは、文字通り、「マーケット(市場)」の「デザイン(設計)」を意味し、近年急速に発展している経済学の分野です。伝統的な経済学が、既存の市場や制度を与えられたものとして捉え、その機能を解明することに注力してきたのに対して、マーケットデザインでは、経済学者や専門家が一から仕組みの設計や変更を検討する、という特徴があります。この実践的な新分野の全体像がつかめる最良の1冊です。

次の『その問題、経済学で解決できます。』は、前述の『「原因と結果」の経済学』で学んだ因果推論の実践編といえる1冊でしょう。例えば、寄付を増やすにはどうすればよいか、などエビデンス・ベースドの政策の作り方、実践の仕方を含め、プロジェクトを成功に導くヒントがたくさん書かれています。

『実践 行動経済学』は、17年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授の著書です。英語の原題は「Nudge(ナッジ)」で、軽く小突く、日本風に言うと「背中をそっと押す」という意味を持つ単語です。

人間の意思決定にはさまざまな癖がありますが、選択肢の作り方を工夫することで、本人や社会にとって望ましい結果が自発的に選ばれる場合もあります。こうしたナッジの実践例が多数紹介されています。

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「未来志向」の経済学

最後の3冊は、メインストリームの枠に収まらない広い視点を持った「未来志向」の書籍になります。「細かい経済学のうんちくではなく、資本主義の将来を考えたい」「経済学者は偉そうなことを言うけれど、実体経済のこんなことも説明できないじゃないか」といった方に、ぜひ手に取っていただきたいです。

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1冊目は、『資本の世界史』です。資本主義を歴史から紐解き、資本主義が今後どうなっていくかについて、ドイツのジャーナリストがまとめた本です。学者の書籍ではありませんが、丹念に取材をして非常に多角的な視点が盛り込まれています。「そもそも資本主義がどういうシステムか」「どのような発展を遂げてきたのか」「今どういう問題に直面しているのか」などについて切り込んでいます。

次は、岩井克人・国際基督教大学客員教授の『経済学の宇宙』です。日本経済新聞社の前田裕之記者が聞き手となって、岩井先生がこれまでの研究、半生を語ったインタビューをまとめた対談録になります。

岩井先生の講義はとても魅力的な内容で、私自身も東大の学生の時に受講していました。専門的な研究内容を、学術論文を越えて書籍の形で世に問うことも珍しくなく、85年の『ヴェニスの商人の資本論』という処女作に始まり、93年には貨幣の謎に迫る『貨幣論』、05年に『会社はだれのものか』、と一般読者へ向けた多くの論稿が出版されてきました。本書は、こうした「岩井経済学」の全貌がつかめる内容になっています。

タイトル通り、経済学の宇宙が眼前に広がっているかのように、経済学は幅が広く、さまざまな問題意識で考えることのできる魅力的な学問であることが伝わります。主流派を離れ、貨幣、法人、資本主義論などを分析してきた著者だからこそ書ける、悪戦苦闘とその魅力が凝縮された1冊です。

最後は、東京大学名誉教授で14年に亡くなった宇沢弘文先生が残した論稿をまとめた『宇沢弘文 傑作論文全ファイル』です。宇沢先生は、ノーベル経済学賞に最も近い日本人と言われ続けてきた一方で、理論経済学の大家としての地位に安住することなく、常にメインストリームの経済学説やその誤用に対して警鐘を鳴らし続けていました。

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74年には、都市開発・環境問題への疑問を提起した『自動車の社会的費用』を出版し、ベストセラーになりました。また、宇沢先生は「社会的共通資本」という概念も提唱し、自然資源や人のコミュニティのように、市場ではうまく供給することができないけれど、我々の暮らしを根本から支えている社会的な資本があり、それらがいかに大切であるかを、繰り返し主張されてきました。

本書を通じて、宇沢先生の先見の明や、問題解決への熱い思い、そして人類社会へ向けた温かいまなざしに触れていただきたいです。きっと、将来の社会・経済デザインを考えるうえでヒントとなるはずです。

以上が10冊になります。「マクロ経済学の本が1冊もないぞ!」とツッコミが入りそうですね。リーマンショック以降、専門家の間でもかなり視点が揺れている印象のあるマクロ経済学については、今回は選出を見送りました。同業者の皆さん、すいません……。

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Book List

[入門]

  ジョセフ・E・スティグリッツ、カール・E・ウォルシュ/著  藪下史郎、秋山太郎、蟻川靖浩、大阿久 博、木立 力、宮田 亮、清野一治/訳 東洋経済新報社

93年に原書が刊行されて以来、経済学分野における世界標準のテキストの草分け的存在。ミクロ経済学とマクロ経済学を統一的に展開した「新しい経済学」。著者が01年にノーベル経済学賞を受賞した理由となった「情報の経済学」からの分析も取り入れ、さまざまな問題に応用している。

[ツール]

 神取道宏/著 日本評論社

わかりやすい文章、図解の多様、理論を裏づける実例により、ミクロ経済学の基盤である市場メカニズムをしっかりと理解できる。「ゲーム理論」の内容も盛り込まれ、「ミクロ経済学教科書の決定版」とも呼ばれている。 経済学部の学生だけでなく、ビジネスパーソンも対象にした本。

 中室牧子、津川友介/著 ダイヤモンド社

データを正しく理解し、利用するための内容が盛り込まれている。ある2つの事柄が、「原因と結果」の関係にあるのかを見抜く方法についても言及している。「因果推論」の考え方を基に、身近にある「もっともらしいが本当は間違っている根拠のない通説」について、数式を使わずに解説。

 ダニエル・カーネマン/著 村井章子/訳 早川書房

02年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授の書。人が判断を誤るパターンや理由を、行動経済学や認知心理学的実験を使って解明している。幸福の感じ方から投資家・起業家の心理まで、合理的に正しい判断を行っているか、設問はそれを意識するきっかけとなる。

[使い方]

 アルビン・E・ロス/著 櫻井祐子/訳 日本経済新聞出版社

婚活におけるペアリング、臓器提供者と患者、人気企業への就職など、世の中には「組み合わせ」が必要だ。その最適な組み合わせを効率的に実現するために、マッチメイキングとマーケットデザイン研究の視点で解き明かす。12年にノーベル経済学賞を受賞したアルビン・ロス教授の書。

 ウリ・ニーズィー、ジョン・A・リスト/著 望月 衛/訳 東洋経済新報社

「人はインセンティブで動く」が、より大事なのは、誰にいつどのようにインセンティブを仕向けるかだ。行動経済学者が実地実験で、人をやる気にさせるものは何か、人はインセンティブにどう反応するかを解き明かす。意思決定の奥深くをあぶり出し、差別や格差という問題にも解決案を提示。

 リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン/著 遠藤真美/訳 日経BP社

リチャード・セイラー教授の代表作。原題は「Nudge(ナッジ)」。「軽く小突く」ように、強制やインセンティブに頼らず、人々を賢い選択へと導く工夫を意味する。政策や公的制度など社会にナッジを組み込めば、より快適に暮らせる。「使える行動経済学」の全米ベストセラー。

[未来志向]

 ウルリケ・ヘルマン/著 猪股和夫/訳 太田出版

資本主義は、イングランドの片田舎で偶然生まれ、何度も危機に直面してきた。資本主義の限界はいったいどこまで深刻なのか。多くの危機が起きるのは、資本主義自体が内包する欠陥によるものなのか。ドイツの経済ジャーナリストが歴史から資本主義の輪郭を浮かび上がらせる。

 岩井克人/著 日本経済新聞出版社

常に経済を多角的に捉えてきた経済学者・岩井克人先生が、自身の研究史を振り返る。マルクスに感銘を受けて経済学部へ進学。小宮隆太郎氏や宇沢弘文先生との出会い、ポール・サミュエルソン氏、ロバート・ソロー氏など経済学の巨人たちから教えを受けた歴史も明かされる。

 宇沢弘文/著 東洋経済新報社

宇沢弘文先生は「人間のための経済学」を追求して経済合理主義と闘い、数々の社会問題に自ら取り組んできた。膨大なオリジナル原稿を基に構成された論文集。スティグリッツ教授は、宇沢氏の愛弟子で、彼が16年の宇沢弘文教授メモリアル・シンポジウムで講演した内容も掲載。