第1回は

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リーダーは情理を理解しなければならない

――情に流されないという意味で「外国人を社長にするという選択肢がいいのではないか」と言う人がいます。

冨山情に流されてはいけないのはもちろんですが、情を理解していないと失脚します。結局、最後は足をすくわれるわけです。まさしく政治も情理の塊で動いているわけですが、その仕組みが理解できない人には経営ができません。

そもそも経済合理性だけで組織は動きません。だから、組織の輪に矛盾していることを上位がきちんとわかったうえで、切るところは切る。あるいはそこでクーデターが起きないように安全策を講じたうえで切るべきなのです。

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――つまり、情理のバランスが非常に良い経営者でなければならないということになりますね。オーナー経営者以外の例としては、たとえば川村(隆東京電力ホールディングス会長)さんや中西(宏明経団連会長)さんなどが思い浮かびます。

坂根(正弘小松製作所顧問)さんなどもそうです。グローバルな競争の中でずっと成功しているのはそういう人たちです。抜群のバランス感覚を持っているんですよ。

そういう人材を選別し登用する仕組みが、ある程度できあがっている企業は日本にはあまりないですね。まだまだこれからです。少なくとも、デジタル革命とグローバリゼーションで本当に死の淵に立たされたエレクトロニクスメーカーのほうがこういう改革は進んでいるでしょう。

となるとこれはもう、すべての会社が人の採り方から育成方法までを根本的に変えなければなりません。しかしそれは5年やそこらでは無理な話で、20年、30年は鍛える必要があります。

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30代半ばまでに人生の選択をせよ

――冨山さんから見た、社長に向いている人の共通点は何ですか。

これまで多くの社長と付き合ってきましたが、性格面では皆リアリストです。リアリストで合理的であることが必要条件で、その上に理念などが加わるのですが、そのどちらも大事です。

リアリズムに徹していると、場合によっては恨まれたり「血も涙もない」と言われたりしますが、なぜそれに耐えられるかと言うと、自分がやろうとしていることは最終的には社会的正義につながると信じているから。

これは相互依存的であり、経営者の心の思いとしては、金儲けだけでそこまで考える人は案外いないものです。その意味で、大きな事業を成し遂げる人は、やはり素晴らしい理念を持っていますよね。

_P1A0971冨山和彦/経営共創基盤代表取締役CEO

――先ほど、修羅場を経験するために起業すべきだという話がありましたが、たとえば子会社に行くということでしょうか。

できるだけ勝ち目のないアサインメントを取りに行ったほうがいいですね。

昔のエリートコースだと、そういうことをすると傷がつき、エリートコースから外れる傾向がありました。仮に、そうではなくて起業して苦しんだ経験のある人材を採るような選択をしている会社なら、むしろエリートに勝ち目のないアサインメントを課すでしょう。

逆に言うと、そういうことを自分の会社が理解してくれているのなら、それを一通り経験したうえで転職したほうがいいですね。

それは生き方の問題で、先に述べた工場長のように、ホワイトな感じでワークライフバランスを大切にし、家族も大事にしていくというのも1つの世界観ではないですか。

かつて私はG(グローバル)の世界、L(ローカル)の世界という定義をしましたが、ローカル側の産業、ローカル型のファンクションの中で生きていくというのも、それなりに幸せな人生だと思います。

――その生き方の選択はいつ行ったらいいでしょうか?

現実的には30代の中頃にはどちらを目指すかを決めたほうがいいですね。

これは特に強調したいのですが、今グローバルな世界でマネジメントや開発の分野で戦うことのハードルはどんどん上がってきています。

年配のベテラン社員が「俺の時代はこうだった」とよく言いますが、彼らが若い頃はまだグローバル化は起きておらず、14億人の中国人やインドの13億人は、まだグローバル競争には加わっていませんでした。

せいぜいアメリカ人やヨーロッパ人のエリートだけが競争相手で、その中で日本で作った製品を海外に売りに行ったところ、価格が安くて品質が素晴らしかったので買ってもらえたのです。

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ところが今は、完全なグローバリゼーションのビジネスモデルの下で、世界中で開発し、世界中で製品を作り、世界中で売らなければいけません。そこで通用しようと思ったら、世界中のどこに行っても人材をマネージし、労働問題にも対応しなければならない時代になってしまったのです。

そこで本当にものになろうと思うなら、己についてよく考えてみる必要があるでしょう。

僕は、自分の子どもを含めて「グローバル競争の中に飛び込んでいけ」と安易に言うことはできません。

人生で何が正しく、何が幸せかということをよく考えてほしいし、「グローバルとかグローバル化という言葉を、そんなに安易に言わないでほしい」という話も実はしています。

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人間という生き物にポジティブな関心を持て

――情理を理解することが大事というお話がありました。情理を理解できる人とできない人の違いは何でしょうか。

冨山さんは今までご自身で数多くの決断をされてきて、他者の人生に良い影響を与えたこともあれば、そうならなかったこともあったかもしれません。そのときに芽生えてくる罪悪感や後悔といったものを、どのように処理してきたのでしょうか。

「情理を理解できる人とできない人の違い」のポイントは、情です。突き詰めて言うと、人間という生き物にポジティブな関心があるかどうか。そこに尽きるような気がします。

人間は自分勝手で気まぐれだし、論理的に動いてくれません。だから文学とか宗教が成り立つわけです。人間が自然科学的なマシンになったら、文学はこの世から消えてしまうでしょう。

僕らは映画も見るし小説も読むし、ドラマも見るわけですが、ああいうところには、大体不条理なストーリー、あるいは情緒的な人が登場するわけです。映画も小説もドラマもそういうものなので、突き詰めて言えば、こうしたものに肯定的に関心を持っていないと駄目なんです。

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――なぜポジティブに関心を持つことが大事なのですか? ネガティブでは駄目なのでしょうか?

ネガティブに興味を持ってしまうと、情が出てこないからです。結局、情を動かさなければ経営はできません。

自分以外の人々の力を集めて、自分がやりたいことを成し遂げることが経営だと定義されるのですが、興味の方向がネガティブだと、自分にとって相手をポジティブに動かすことができません。だから最終的には、僕は肯定的であるべきだと思っています。

また、決断に失敗した時のことは、実はけっこう深層心理では引きずってしまいます。

ですがその引きずっている部分を、ポジティブな記憶やポジティブな自分の経験でなんとか上書きしている感じです。その連続です。

辛い部分があるのは仕方がありません。でもそのぶん、いい思いもしていますからね。

ある意味、心のバランスシートには負債もあります。でも資産もある。今のところ資産超過状態で自己資本がまだあるので、僕の気持ちの中では、自己資本比率がかなり高いのだと思います。

――ちなみに、スタートアップの社長に特に求められる能力は何でしょうか。スタートアップの社長はオーナー社長であることが多く、条件が少し異なりますが、大組織とスタートアップ組織の社長の条件に違いはありますか?

もちろんあります。スタートアップの場合は、失うものはないんです。だから、要するにイノベーターなど破壊する側に回るわけです。

何もないところからスタートするので、そこは強みでもあるのですが、常に資源は足りないし、何から何まですべてを自らハンズオンでやることを覚悟しないといけません。

だから場合によっては、経理も労務問題もすべて自分で見なければならなくなります。ちなみに、スタートアップ企業の労務問題は、そのほとんどが個人的憎悪の問題です。

大組織は分業が成り立っていますが、それを全部1人でやらなければならないのは大変です。でも逆に言うと、自分でやらないと気が済まない人にとっては、スタートアップのほうが向いています。もともと人に任せられないのだし、任せるのはかえって危険です。

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冨山和彦氏・中西宏明氏 共著『

*第3回は