1/3

学ぶ心と思いを取り戻せ

――なぜメディアも含め、国民の経済リテラシーは低下したのでしょうか?

竹中 おそらく現状がそれなりにコンフォタブルなので、満足しているということもありますが、やはり高等教育が劣化しているということだと思うんですよね。

私たちよりも1つぐらい上の世代の人たちは、じつは圧倒的によく本を読んでいます。私の両親は義務教育しか受けていません。私は地方都市の商店街で生まれ育ちましたが、両親は大学は出ていないにもかかわらず、私よりも教養があったと本当に思います。

「学問ノススメ」ではないですが、初等教育の時からそういうことの重要性を教えられていた両親たちは、真摯に勉強しようという気概を持っていました。ところが今は、多くの人が大学に行く機会があるにもかかわらず、学生たちが勉強しなくなっています。本当の意味での教育改革が必要だと思います。

残念ながら、日本人は学ぶ心や思いを失った部分があるかもしれません。『平成の教訓』にも書きましたが、謙虚に海外から学ぶ、謙虚に歴史から学ぶ姿勢がなくなりましたよね、平成の時代になって。

――日本は「世界第4位の移民大国」になったという統計もありますが、今の移民政策をどう評価しますか? 

今後10年、20年間で必ずやらなければいけないことの1つが、移民法の制定だと私は思います。移民という言葉が嫌いなら、外国人労働法の制定と言ってもいいでしょう。

グローバル競争の中で、世界では優秀な人材を獲得するために熾烈な競争が繰り広げられてきました。平成31年の間に、日本の人口はほとんどフラットでした。しかしこの間、アメリカの人口は30%、イギリスの人口も15%増加していました。要するに世界は人材の獲得競争をしていたのに、日本はその例外でした。スティーブ・ジョブズのお父さんはシリア人で、ジェフ・ベゾスのお父さんはキューバ人です。つまり世界各国が、外国からどんどん優秀な人材を取り込んでいる時に、日本だけがその競争に参加していなかったのです。

そこに労働力不足が重なったため、平成の最後の年にあわてて出入力管理法を改正し、今後5年間で34万5000人の外国人を受け入れることができるようにしたというのが本当のところです。

この人数でも不十分だと思いますが、今回、出入国管理法の改正にともない法整備を行ったのは、あくまで外国人が日本に入っていいのかどうかという部分にすぎません。

一方、移民法や外国人労働法は、外国人にどう働いてもらうかを規定し、受入基準はもちろん、就労などの条件も定めるものですから、移民法もしくは外国人労働法がなければ不法移民を取り締まることができません。

移民という言葉から逃げているから、出入国管理法を少し改正しただけで済ませてしまったのですが、そこを追求しないメディアや野党の責任も大きいと思います。

_P1A1285__1_竹中平蔵 1951年和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒業。博士(経済学)。 ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年小泉内閣で経済財政政策担当大臣を皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣兼務、総務大臣を歴任。2006年よりアカデミーヒルズ理事長、現在東洋大学教授、慶應義塾大学名誉教授。 ほか㈱パソナグループ取締役会長、オリックス㈱社外取締役、SBIホールディングス㈱社外取締役などを兼務。

――質問をいろいろいただいているので、その中から取り上げたいと思います。高齢化社会においても、財政的にも一番重要な問題である、医療を含む社会保障制度改革を竹中さんはどう考えますか?

まず、日本の国民皆年金制度は1961年から実施されましたが、その時の日本人の平均寿命が66歳でした。2017年の日本人の平均寿命は、男性が81歳で女性が87歳ですから、65歳から年金の給付を開始したら、財政的に持つわけがありません。

たとえば女性が87歳の平均寿命を全うすれば、年金が22年間支給されることになりますが、年金をこんなに長くもらえる国はありません。これまで日本政府は年金の給付の部分には何も手をつけていませんでしたが、日本人の平均寿命の伸長とともに、支給年齢を引き上げていくことは避けられないでしょう。

しかも、かつてはマイナンバー制度がなかったので、老後の生活に不安のない富裕層を含めて、加入者全員に年金が支給されています。ですからマイナンバー制度を活用し、個人の所得に応じて年金の受給者を選別するということを、早急に行う必要がありますね。

とはいえ、これらは第一歩にすぎません。私は今後20年を考えて、必ずやらなければいけないのはベーシックインカム制度を導入することだと思います。

ベーシックインカム制度とは、言わば「負の所得税」。所得が一定額よりも低い人にはマイナスの税率をかけて最低現の所得を保障するもので、働いたら支給額が少しずつ増えていく。まさに究極のセーフティネットですよ。

ただし、ベーシックインカムの「ベース」を高くしすぎると財政負担が膨大になることに注意しなければいけません。まだ試算が不十分ですが、これはきちんと議論すべき問題だと思います。

――社会保障制度の改革や地方への移住も含めて、「シニア世代が生きがいを得るために必要な政策は何か」という質問が寄せられていますが、いかがでしょうか?

これは先に述べた労働市場の改革とつながりますが、私は今後10年、20年のあいだに、定年制の廃止を本当にやらなければいけないと思います。

実際、自分がまだ働けるうちは働きたいと思っている高齢者にとって、定年制は非常に大きなネックになっているわけで、それは雇用における年齢差別にほかなりません。OECD加盟国でこうした雇用における年齢差別を明確に行っているのは、日本だけです。

――先ほどの「インクルージョン」とも関連しますが、日本はまだ女性にとって働きやすい国ではないと思います。どういう政策を取るべきでしょうか。

はい。これを実現するための唯一の方法は、同一労働同一賃金です。来年からこの制度が施行されますが、じつは女性が働く比率、すなわち女性の労働参加率は、全年齢層において、すでに日本がアメリカを上回っているのです。

これをアメリカの人に話すと驚きますよ。それだけ日本女性の働く機会は増えたんです。ただし、非正規従業員として比較的安い賃金で、責任あるポジションも与えられない形で、多くの女性が働いているわけです。ところが同一労働同一賃金が実施されたら、そんな差別はできなくなります。もちろん、今の同一労働同一賃金の仕組みには、いくつかの問題点があります。まだまだ小さな一歩です。

2/3

「ルールシェイパー」の役割を果たせ

――米中貿易摩擦はどうなるのかということと、その中で日本の立ち位置はどうあるべきかという質問が複数寄せられていますが、これについてはいかがでしょうか。

米中の対立は本当に深刻です。これは単なる貿易摩擦ではなく、アメリカ型資本主義と中国型国家資本主義の対立だと考えなければいけません。

今まで私たちは、中国は成長しているものの、自由がなく法の支配も不十分だから、やがて行き詰まり、成長率が低下していくと考え、アメリカもそう思っていました。

ところが、第4次産業革命でビッグデータの重要性が高まる中で、ビッグデータの収集という点において、中国の国家資本主義は非常に大きな力を発揮し、アリババやテンセントのような巨大企業ができたのです。

中国は、時には個人情報保護を無視してでも、国家の力でビッグデータを収集してしまいます。そこに人工知能を当てはめたら、いろいろなことができてしまう。アメリカはこれを見て、もう放置しておけないと思ったわけですね。

もちろん本当に戦争するわけではないですが、今起こっていることは、まさにアメリカ型の自由な資本主義と、中国型の国家資本主義の対立であり、これは相当長期にわたって続くでしょう。

先日、ローレンス・サマーズ元米財務長官が、あるところで、「トランプ大統領は再選するかもしれないが、彼はいつか辞めるだろう。彼のあとに誰が大統領になっても、その人が共和党でも民主党でも、たぶん同じことを言うに違いない。トランプ大統領は中国に対して甘すぎた。私はもっと厳しくする」と言っています。

これが今のアメリカの潮流だということですね。その中で日本は、アメリカとも中国ともうまくやっていかなければいけません。

今、米中貿易摩擦について、多くの人が、関税率の引き上げや輸入制限によって需要がどれだけ影響を受けるかということばかり議論していますが、これはじつはそれほど大きな問題ではありません。

むしろ華為技術(ファーウェイ)を始めとする、アメリカ商務省の「エンティティ(輸出規制)リスト」で指定された企業に対し、部品や機器、ソフトウェアなどの技術を販売禁止するといった措置が、供給サイドにもたらすマイナスの影響がじわじわ効いてきて、世界経済全体が押し下げられることのほうが心配です。

よく言われることですが、これまで自由貿易や企業のグローバルな経済活動において、ルールメーカーはアメリカでした。ところが、この米中貿易戦争を機に、世界からルールメーカーがいなくなってしまったのです。

こうした中、日本は、「ルールシェイパー(ルールを守っていく人)」として重要な役割を果たさなければいけません。その意味で、安倍晋三首相が議長を務める6月のG20大阪サミットは非常に大事ですし、アメリカが離脱したあとの「TPP11」をまとめたことは日本の大きな功績です。

また、日本がEUとEPA(日EU経済連携協定)を結んだことで、世界のGDPの約3割を占める自由貿易圏が誕生したのも記憶に新しいところです。こうした「ルールシェイパー」としての役割を地道に果たしていくことが、日本の役割だと思います。

iStock-164036456

3/3

「旅するように仕事をしよう」

――最後に、令和の日本を希望あふれる国にするために、個人としてできることや心がけるべきことは何でしょうか。明るいメッセージをいただければと思います。

日本はやはり素晴らしい国だと思うんですよね。外国から帰ってくるといつも思いますが、こんなに空気が綺麗で水が美味しく、安全な国はありません。私たちは素晴らしい社会資本を受け継いでいると思いますし、その社会資本をきちんと活用していかなければなりません。

幸いなことに、日本の所得水準はそこそこ高いので、勉強の機会は豊富にあり、何と言っても日本は世界の最長寿国の1つです。ですから令和の時代は、私たちが長生きをしながら楽しむ時代でなければいけないと思うんですね。

100歳まで生きるのは結構大変ですが、そのことは多分、90歳ぐらいまで働かなければならないことをも意味しています。そういうことも念頭に置いて勉強しましょう、ということです。

そして、1つの会社にとらわれず、いろいろなところで仕事をしながら、時には休み、また働いて――。

私は「旅するように仕事しよう」という言葉が好きですが、たとえば兼業、副業もいいですよ。それこそ、旅をするように仕事をしながら、長い人生をエンジョイし、自己実現をはかることができたら素晴らしいですね。

そのためには、いつ今の仕事を辞めてもいいと思う覚悟と、学び続ける心や思いが大事なのだと思います。