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セブンのトップを見て、小売りに目覚める

澤田 コンビニの経営は、私の20年来の夢といえます。

小売業への目覚めは、1990年代初頭でした。当時私は伊藤忠商事で化学品のトレードを担当していましたが、急に常務から呼び出されたのです。

セブンイレブンの親会社として全世界にライセンスを提供していたアメリカのサウスランド社が、日本の民事再生法に相当するチャプター11(連邦倒産法第11章)の適用を申請した。それを受けてアメリカのセブンイレブンの再生支援プロジェクトを担当するように命じられたことが、はじまりでした。

当時はダイエーがローソン、セゾングループがファミリーマートを経営していた時期で、サウスランドをダイエーやセゾンが買収するという話も出ていました。もしダイエーに買収されたら日本のセブンイレブンの看板はローソンに変わり、セゾンに買収されたら、ファミリーマートに変わる状況です。

ただ、それまでセブンイレブンのライセンス契約を結んでいたイトーヨーカ堂とサウスランドを仲介していたのは、伊藤忠商事でした。その関係からイトーヨーカ堂と伊藤忠が一緒に買収して、セブンイレブン再生のプロジェクトがはじまります。伊藤忠に入社して12年目だった私も、そのプロジェクトにかかわることになったわけです。

___190612-0004_DxOFP澤田貴司/ファミリーマート代表取締役社長

約700億円を投資したサウスランド社の再生プロジェクトでは、驚くほどの学びがありました。

セブン&アイ・ホールディングス(現在)の鈴木(敏文)名誉顧問、創業者の伊藤(雅俊)名誉会長とともに、訪米したときのことです。まず彼らがやったのは売場に行くことで、何店も訪問してその都度膨大なメモを取っていました。

そして、その後にテキサス州のダラスにあった本社タワーに向かうと、最上階にあった役員室で鈴木さんと伊藤さんが、アメリカの経営陣に対して烈火の如く怒り、猛烈な勢いでダメ出しをしていきました。

「何で店がこんなに汚いんだ!」

「何でアメリカの店なのに、店員がスペイン語しか喋らないんだ!」

「賞味期限切れの商品がいっぱいあったぞ!」

トップが現場を訪れ、細かいことでもすべてメモを取り、改善への情熱を本気で経営陣にぶつける。それは初めて見る光景で、本当に衝撃を受けました。

それまでの私の仕事といえば、商社の化学品のトレーダーとして、デスクで何十億円、何百億円というおカネを電話1本で動かすことでした。一方、小売業は経営トップが自ら現場に足を運び、お客さまに喜んでいただける店づくりができているかを常に探っている。

彼らは現場を見ることで、「お客さまに失礼だ」「加盟店さんにこんな無駄なことをさせている、取締役が現場を理解しなくてはどうしようもない」と、加盟店、そしてお客さまのために本気で怒っていたのです。そして、具体的な方法を細かくマニュアル化して、どんどん改善していく姿を横で見ていて、「カッコイイな」と思ったものです。

その当時の伊藤忠で私がやっていたことは、言ってしまえば、企業間に入ってマージンを取る仕事でした。そんな世界にどっぷり浸かっていた中、100円、200円という少額の商品をていねいに販売し、現場に寄り添って地道に売上を積み上げていく小売業は新鮮で、「自分もこういうトップになりたい」と思い描くようになりました。

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小売業参入を訴えた、社長への手紙

再生プロジェクトも3年ほど経過する頃になると、徐々にうまく回り始めるようになります。そこで「伊藤忠こそが小売業をやるべきだ」と決心した私は、室伏社長に手紙を書くことにしました。

「日本の流通業は143兆円もの市場規模がある。それなのに、近代化された経営をしているのはセブンイレブンだけ。セブンイレブンとイトーヨーカ堂にできて、伊藤忠にできないはずがない」という内容です。

手紙を書いたのが、1995年の12月27日。それから1週間後の1996年1月4日、社長の年頭挨拶が発表されました。

その書面を見ると、「今年、特に我が社の収益拡大策として私が強調したいのは、リテール関連事業への思い切った参画であります。日本の流通構造は現在過去最大の構造転換期を迎えており、伊藤忠にとって本格的に参入する絶好の機会を提供しております」と書いてあります。

なんと、私の書いた手紙がそのまま引用されていたのです。

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本当に驚きましたが、「商社は本格的に流通業に参画すべき」と直訴して予算も人員もつけていただき、プロジェクトが立ち上がりました。しかし、当時の商社は原料や中間流通がビジネスのメインでした。直接小売りに参入する案にさまざまなリスクを指摘される日々が続き、2年間頑張ったものの、残念ながら時期尚早という判断に至ったのでした。

「日本の流通業者と取引のある伊藤忠という企業が、小売業を直接経営することはできない」「澤田、10年待ってくれ」という結論でした。

それを聞いた私は、「冗談じゃない!」という心境でした。

「10年も待てない」「俺が流通業のトップになってやる」と思い、伊藤忠を退職しました。

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ファミリーマートの経営を任される

その後、ユニクロへの入社、キアコンとリヴァンプの創業を経て、2015年末にファミリーマートの筆頭株主である伊藤忠から、「新生ファミリーマートの経営を任せたい」という連絡をもらうことになります。1995年末の室伏社長への手紙から、ちょうど20年後でした。

最初にオファーを受けたときは、冗談だと思いました。しかし、「ファミリーマートとサークルKサンクスが統合する。その統合した会社のトップができるのはお前しかいない」と言われ、私も真剣になりました。

「やっとわかったか(笑)」という思いもありましたが、辞めた後も伊藤忠は大好きな会社でしたから、実際に話をもらったときは、正直嬉しかったです。

会社を辞めて好き放題やってきた私が、伊藤忠が持つ最大の事業会社であるファミリーマートのトップとして経営できることは大変光栄なことであり、身の引き締まる思いで、2016年9月に代表取締役社長に就任しました。

日本の小売業におけるコンビニ市場は、現在11兆円弱の規模です。店舗数は約5万6000店弱。2018年こそ、前年と比べて市場規模も店舗数も増加していますが、近年はほとんど横ばいというのが現状です。

日本における小売業の変遷を見ると、1968年度の売上高ベスト10はほとんど百貨店が占めていました。それが1988年度には様変わりして総合スーパーが台頭、1998年度になるとコンビニエンスストアが上位に入ってきます。

ところが、2000年から市場は大きくなっていません。横ばいと縮小が続き、143兆円から140兆円ほどに落ちてきています。一方、売場面積は増え続けていました。

人口が減少し、市場規模が広がっていないのに売場面積だけが広がったことで、生産性は当然落ち込みます。その結果、2000年を境に企業の統廃合が一気に進み、小売業では業界再編が起こりました。

業界再編の流れのなかで、セブン&アイ・ホールディングスはさまざまな企業を飲み込んでいますし、ファミリーマートとサークルKサンクスの統合もありました。

現在CVSチェーンの売上高は、1位がセブンイレブンの約5兆円、2位がファミリーマートの約3兆円です。ただ、CVS全体の店舗数は残念ながらほとんど伸びていません。客単価が上がっているだけで、食い合いが続いています。

そんな状況下で私がすべきことは、現場がどのような状態かを知った上で目標を掲げることでした。

私はこれまでもさまざまな会社を見てきましたが、会社がおかしな状況に向かう理由の多くは内紛が発端だと思います。特に役員の内紛です。統合した企業であれば、なおさらのことです。

「お前、どこから来たの?」

「俺はここからきた」

「あいつは、あそこから来た」

「それなら、あいつの言うことは聞いたらダメだ」

こんな訳のわからないような会話もざらにあり、それが内紛に発展してしまいます。ファミリーマートとサークルKサンクスが統合したとき、必ず内紛は避けなければいけないと念頭に置き、全社員が向かうべきゴールを明示しようと、まず役員で目標を決めることにしました。

「2020年度のあるべき決算」「会社のあるべき姿」「社員のあるべき姿」に向け、2つの組織が融合して意識改革が起こり、全社一丸になっていく。

そのためには業務の棚卸を断行し、「未来志向」「生産性向上」の2つを軸に、大々的な選択と集中を実行していく必要がありました。

第2回は