1/3

「教わっていないからできない」は思考停止

佐渡島 では「問い」を立てる重要性について議論したね。けれど問いを立てても、ほとんどのことに答えは見つからないと思うんだけど、それを放ったらかしにしたままでいいのか、答えを見つけた方がいいのか、どう考えるかな。

西岡日常生活の中ですべての問いに対して、厳密に答えを調べるのは難しいと思います。なので、「これだろうな」と仮説を持つのがいいのではないでしょうか。そうすれば、何かのタイミングで知識が入ってきたときに、「僕が前に考えた仮説は合っていた」「間違っていた」と答え合わせができます。

____________2西岡壱誠氏/現役東大生作家

佐渡島確かに、仮説を立てることで、いい情報が自然と入ってくるようになるよね。人の話を聞いていても、「自分が前に考えていたあの話だな」と自分ごと化して耳を傾けられるからね。

それなのに、世の中のほとんどのことって答え合わせができないから、そもそも問いや仮説を立てようとすらしない人の方が多い。

西岡学生たちに勉強を教えていても、「教科書で習っていないから」という理由で自分の頭で考えようとしないことが結構あるんですよね。

佐渡島社会人もそうで、「教わっていないからできません」という人がたくさんいる。やって失敗してみればいいじゃん、って思うんだけど、教わっていない時点で思考停止してしまうんだよね。

0点でもいいから、まずはテストを解いてみることが大切。自分に足りていないものが何かわかるからね。だから、頭のいい人は、言い換えれば「0点を取るかもしれないテストを受けられる人」だよね。

西岡そう。逆に100点だったら受けた意味ないじゃん、って思います。結局、失敗を恐れて何もしないことが一番の失敗、っていうことに集約されると思うんです。

佐渡島人生を「成功を積み重ねていくもの」ととらえると、いろんな挑戦が怖くなってしまう。でも「学びを積み重ねていくもの」ととらえれば、失敗しても成功しても学びになるから、ずっと挑戦し続けられる。

西岡君は偏差値が低かったときって、テストとは「結果を出すべきもの」だと思ってたんじゃないかな。

_______________2佐渡島庸平氏/コルク代表

西岡そうなんです。二浪したときに、「悪い点数と向き合わなければならない」ということを学びました。それからは、「学びの途中」だというメンタリティで勉強していったら、自然と成績が上がっていったんです。

佐渡島本でもそうだよね。一度ベストセラーを出すと、次もベストセラーにしないと、と思って慎重になりすぎてしまう。でも西岡君はベストセラーを出したからといって萎縮することなく、のびのびと本を出しているよね。

世間の人は、誰よりもその分野に詳しくないと本なんて書けない、と思っているけど、西岡君は書きながら学んでいくのもアリかな、という感覚だよね。もちろん出版社の求めるハードルをクリアするのが前提だけど、必要以上に失敗を恐れていない。

西岡そうですね、僕の学びになるということは、読者の学びにもなるはずですから。逆に僕の学びになっていないことだったら、そもそも出版できていないはずだと思っています。

2/3

成功体験とは失敗を経て成功すること

佐渡島けど、そういうメンタリティにはどうすれば早くなれるのかな。「失敗しろ」っていろんな人が言うけど、「今から失敗しよう!」って思ってできるものでもないよね。

西岡子どもたちだったら、失敗したときに周りの大人たちが「次に生かすにはどうすればいいと思う?」と考えさせて、答え合わせをしてあげる。失敗の後に綺麗な景色を見せてあげるからこそ、その景色はより深く子どもたちの記憶に刻まれると思うんです。

佐渡島そうだね。成功体験って、うまくいったときのことだけを言う人が多いけど、そうではなくて、「失敗した後にうまくいくようになることこそ、真の成功体験」と再定義した方がいいよね。

西岡その通りだと思います。「できない」を一回挟まないとダメなんです。僕も「何で東大に合格できると信じ続けられたの?」とよく聞かれますが、東大模試で全国4位になり、A判定を取ってもずっと落ちると思っていました。いきなりできてしまうと、「失敗なんてありえない」という気持ちになってしまいます。

佐渡島僕も(バーチャルYouTuber)をしているけど、苦手なことをやってみようという気持ちで始めたからね。VTuber市場を知りたいとか、「ドラゴン桜」を広めたいという気持ちもあるけど、それよりも僕自身の挑戦として、失敗するかもしれないことに取り組もう、と思ってやっているんだ。

西岡「とりあえず行動する」ことが大切だと思います。僕が東大を目指すきっかけになった音楽の先生がいるんですが、変わった先生で。「人間には、大きくなるにつれて一つの線に囲まれてしまう」と言うんです。

それは「なれま線」だと。小学校のころは、宇宙飛行士やサッカー選手にだってなれると思っていたのに、中学や高校と進むにつれて「なれない」と感じるものが増えていきますよね。

それまでは遠くにあった「なれま線」が自分を囲んでいって、やがて一歩も動けなくなる。そして、進学や就職で無難な選択しかできなくなってしまうんだと。そこで「じゃあ、僕は何になれますか?」って聞いたら、「東大生になれ」と言われたんです。

佐渡島「なれま線」から出て行けと。すごくいい話だね。ところで今は、「リベラルアーツ」などと言われる歴史や哲学、芸術などのいわゆる「教養」が必要とされているよね。確かにあった方がいいに決まってるけど、だからといってみんなが身に付けられるものじゃない。

教養という全体をいきなり学ぶのは難しいから、数学や音楽などの教科にわけた。そうしたら、今度は誰も統合できない。分業で学んだことを自分の頭だけで統合するのは、そもそも無理なお題かもしれない。けど、これも問いや仮説を立てる力を鍛えることで、最終的に身に付けられると思うね。

3/3

小さな違和感をそのままにしない

西岡問いや仮説を立てる力が教養になる、と。もう少し詳しくお願いします。

佐渡島例えば「夏は何で熱いんだろう?」という問いが、「太陽のしくみってどうなっているんだろう?」に進むのは、「夏が熱いのは太陽が原因」という前提知識があるからだよね。

つまり、ゼロベースからは問いが生まれないんだ。そして問いの解像度が上がって、「太陽みたいな星はいくつあるんだろう」「じゃあ地球のような星はいくつあるか」「そこに生命体がいる可能性は」ってどんどん問いが進むわけだよね。

その解像度はゆっくりとしか上がっていかないけれど、問いや仮説を立てる力があれば、教養は自然とストックされていくんじゃないかな。西岡君は教養についてどう思う?

西岡最近よく「アクティブラーニング」という言葉を聞きますが、そもそも有史以来、学びがアクティブでなかったことはないんです。だから、教養もアクティブに学ぶ姿勢が大切だと思います。

例を挙げると、「カーネル(colonel・大佐)」という英単語があるんです。高校生のころは全然覚えられなかったんですが、カーネル・サンダースというおじさんがいることに気づいて(笑)。調べてみたら、彼の本名はハーランド・デーヴィッド・サンダースで、カーネルじゃなかった。

「大佐だからカーネル・サンダースなんだ」と気づいた瞬間に、すっと覚えることができたんです。

※編集部注:カーネル・サンダースは実際に軍隊で「大佐」の地位にあったわけではなく、ケンタッキー州に貢献した人に与えられる「名誉大佐」の称号を受賞したことから、この名前で呼ばれるようになった。

佐渡島映画「プライベート・ライアン」もそうだよね。「私的なライアン」ではなく「二等兵ライアン」っていう意味で。

世の中にはそういうことがいっぱいあって、小さな違和感を放ったらかさないで調べる。知識を得ることに関しては、マメで貪欲になる必要があるんじゃないかな。すると、人生が楽しくなる。

賢くなるためではなく、楽しく生きるためには、細かいことに気づくことが大事。知識を増やして見える席あの解像度を上げた方が、人生がより楽しくなるよ。

西岡めちゃくちゃお得ですよね。街を歩いているだけでもいろいろなことを学べるんですから。

佐渡島「グルメになると、かえって食事が楽しくなくなる」という人がいるけど、僕はそうじゃないと思う。逆に「こんな美味しくないお店になんで行列ができるんだろう?」といった楽しみ方ができるようになったりもする。

快適な住まいがあるからこそ、キャンプの不自由さを楽しめるように、上下の振り幅をどちらも経験することで、いろいろなことを楽しもうって思えるようになるんじゃないかな。

西岡教養といえば、僕は『』(実務教育出版)という本を書いたんです。「日本でマンガ文化が発達したのは山が多いから」「待機児童が増えたのは地方にショッピングモールが増えたから」などなど、日常の出来事を深掘りしていくとこんなところにつながるんだ、という学びの楽しさを感じていただけると思います。

nishioka_shoei_001

佐渡島知識って予想外のつながりが見つかると面白いよね。単体の情報だとつまらないけど、パズルのピースみたいにバチっとはまるとめちゃくちゃ気持ちいいみたいな。知的好奇心を持って、若いうちからそういう経験をしておくと、人生がもっと楽しくなるよね。

*本対談は、YouTubeチャンネル「ドラゴン桜チャンネル」の内容を編集したものです。「ドラゴン桜チャンネル」では、佐渡島氏が「桜木先生」に扮して、学び方を中心としたさまざまなテーマを語っています。