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コンビニより多い印刷会社

松本ラクスルの松本恭攝です。私は2008年、新卒でA.T.カーニーというコンサルティングファームに入りました。

入社前は、「戦略コンサル」といえば会社の戦略を練るイメージを持っていました。しかし、当時発生したリーマンショックの影響もあり、入社後のプロジェクトはコスト削減に関するものがほとんどでした。

それらのプロジェクトでは、物流費やシステム開発費、プロモーションコスト、人件費など、様々な企業の間接費を削減していきました。あらゆるコストを見る中で、印刷が一番削減できる余地の大きいコストで、とても非効率だと感じたのです。

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印刷業界を調べてみると市場規模6兆円のうち、大日本印刷、凸版印刷の大手2社で1.5兆円ずつ、累計3兆円を占めている。一方で、その下には中小の印刷会社が3万社もひしめいていました。

当時の全国のコンビニエンスストア店舗数が4万5千だったので、印刷会社がいかに多いかがわかるでしょう。そして各社の稼働率は、40パーセントしかない。印刷業界には大手を中心に1兆円規模の下請け構造ができていて、結果として膨大な非効率が発生していることがわかりました。

その事実を知って最初に浮かんだアイデアは、「印刷業界で『ミスミ』を作ろう」というものでした。

ミスミは今でこそ世界一の金物部品メーカーですが、創立当初は商社でした。自社で工場を持たず、さまざまな金物部品メーカーのネットワークを組成してカタログを作り、クライアントに販売するモデルです。そうした仕組みを印刷でもできないかと考えました。

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現在の「ラクスル」になるまで

2009年9月1日、起業して最初に行った仕事はビジョンを作ることでした。

「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを作り、印刷業界にインターネットを持ち込んで、産業構造を変えていこうという気持ちで起業しました。

___DSC_0995松本恭攝/ラクスル株式会社 CEO & Founder

2009年当時は今ほどベンチャーキャピタルが活発ではなく、「スタートアップ」という言葉を日本で使う人はほとんどいない状況でした。ベンチャーキャピタルがないので、お金が無い、人も無い。そうした中で、最初は印刷サービスの価格比較サイトを始めました。

2012年頃からベンチャーキャピタルが盛り上がってきて、次の5年で80億円程の資金調達ができました。そこで、eコマースのビジネスモデルに変えました。

実は創業当初より、eコマースをやろうと考えていたのですが、eコマースは非常にお金がかかるビジネスです。

他社の例を見ても、たとえばアスクルは立ち上げに広告費だけで75億円ほどかかったそうです。モノタロウは、最初の2年で調達した40億円を使い切って上場までこぎつけ、黒字化しました。アマゾンジャパンも120億円かけて物流体制が作られています。

そのため、eコマースを立ち上げるには最低でも50億円が必要だとの肌感覚がありました。そこで、資本市場が整ってきたタイミングで資金調達を行い、2013年の3月にeコマース事業を開始しました。

その後、印刷業界以外でも、空き時間を生かすことでビジネスにつながる領域を探していき、物流分野が有望だという結論に達しました。

2015年12月には、荷物を送りたい企業・個人と空き時間に仕事を受注したいドライバーをマッチングさせる「ハコベル」という事業を開始しました。

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Photo by i-Stock/simonkr

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多重下請けの産業構造

20世紀の産業の中心は大企業が担っていました。印刷業界もそうですし、例えば広告業界でも大手3社で、市場の半分を占めていました。物流業界も6万3千の会社がありますが、市場の半分を大手10社で占めていて、その他の何万社が多重下請けの構造になっています。

物流業界は大手企業が巨額の資本を使って、何千億から何兆円といった印刷機、トラックを買い、オペレーターやセールス担当者を何万人単位で雇用するビジネスです。すると、圧倒的な品質保証や決済、信用の保証が可能になるので、仕事が集中します。

自社のキャパシティ以上にたくさんの仕事が集まるので、仕事を外注する。印刷や物流業界では、売上の半数以上はアウトソーシングでまかなっていますから、たとえば売上1兆円の大企業では、そのうち数千億円がアウトソーシングされます。

物流業界は七次請けぐらいまであるのですが、下請けに対しそれぞれに5~10パーセントずつ抜いていく構造になっています。

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これは、別に印刷や物流に限らず、多くの業界である体制です。この体制の課題は何かというと、トランザクションコストがものすごくかかるところです。

実際の例としては、ある大手の物流会社が10万円で受けた仕事が、多重の下請け構造を経て、自分たちの会社に4万円でまわってきた。そのうち手数料を10パーセントもらい、実際に運ぶ会社には3万6千円で発注したとしましょう。

すると、荷主が10万円払っていても、実際に運ぶ会社は3万6千円しかもらえないことになります。その会社が付加価値の全てを担っているのにも関わらずです。

ラクスルのビジョン「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」の本質は、こうした体制をデジタル化して、ダイレクトにピラミッドの一番下の人たちに仕事を結びつけることにあります。

中小の会社をインターネットでネットワーク化して、仮想的に巨大な印刷工場、物流会社を作り、ダイレクトにそのキャパシティをお客様に届けることが私たちのビジネスです。

高度成長期からバブル期にかけて、日本では産業そのものが膨れ上がってきました。しかしバブル崩壊後、多くの業界が傷ついたまま、新しい仕組みがアップデートされていない状況が見られます。

それを見つけられれば、起業家・事業家としては面白い。特に市場の大きいBtoB業界では、デジタル化することで大きなビジネスにつながる可能性があります。

ラクスルでは自社のビジョンに「印刷」という言葉を入れていません。なぜかといえば、3年ごとぐらいに一つ、新しい業界でプラットフォームを作っていきたいからです。だから今では、印刷と物流、そして広告の事業を行っているのです。

ずっと次の業界を探していた中で、物流業界は印刷と同じ構造を持っていて、変えられる余地があるのではないかと感じました。

日本の物流は需要が伸び続ける一方、供給が限定されています。このままの仕組みでは、インフラが持たない。しかも市場規模が大きく課題も山積な割に、新規参入が少ない。そこで挑戦しようと思い、2015年に荷物の配送をネットで注文できるサービス「ハコベル」を始めました。

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Photo by i-Stock/lvdesign77

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大手と“食い合わない”ビジネスモデル

よく聞かれる質問に「なぜラクスルは、既存の印刷業界や物流業界から反発を受けないのでしょうか」というものがあります。

そう聞かれた時「私たちはそうした企業をディスラプトしている訳ではないから」と答えます。

例えば印刷業界には、大日本印刷や凸版印刷といった大企業がありますが、大手2社とは顧客ごとの平均単価が全く異なります。

私たちは、本来は手間のかかる小ロット印刷を自動化することでビジネスを行っていますから、客単価はおよそ1万円ほどです。一方、大手2社の客単価は500万円を超えるほどだと思います。

また私たちは、テレビCMを制作する広告事業も展開しています。これも電通や博報堂とは単価が全く違います。私たちは1本数十万円から提供していますが、電通や博報堂のテレビCMは、制作だけで平均で3~5千万円ほどかかかっているはずです。

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私たちの発想は、デジタル化による効率化を通じて、小さな顧客を積み重ねてビジネスを行うことです。大手とは重ならないので、共存可能だと考えています。

むしろ、大手のような仕事を取りたくないとも考えています。1件10億円の印刷の仕事があったとしても、付加価値のつけようがなく、競合との価格競争に勝つために利益の削り合いをするしかないためです。

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新規参入時に見るべき業界のポイント

印刷業界のマーケットは6兆円もあるにも関わらず、私たちの競合プレーヤーはほとんど生まれていません。中国では似たような事業を行なっている企業が100社ほどいます。アメリカでもそうです。

この状況は、経営者にとっては魅力的なのですが、日本全体のことを考えるとあまり望ましくありません。ひょっとしたら日本の起業家は、手間のかかりそうな業界を敬遠する傾向にあるのかもしれません。

印刷業界、物流業界の関係者は「うちの業界は特殊だから」という言い方をしますが、私からすれば特殊なことはあまりありません。非効率な慣習を見つけ、それをIT化、標準化することで効率化していく。それだけで、確実にビジネスになります。

むしろこれらの業界は、長らくイノベーションが起きていなかったので、変化の余地が大きい。これは起業家としてとても魅力的です。

逆に広告業界では、ここ10年でインターネット広告の規模が急成長しました。しかし私たちは、そこには参入しません。競争が激しく、私たちがやらなくても誰かがやるからです。

私が参入する業界を決める際には「市場が大きい、大手が寡占している、多重下請けになっている」といった点に着目します。

なぜなら、こうした構造の業界はデジタル化によってバリューチェーンを変えることで、価値を発揮しやすいからです。パッと見て利益率が低い業界も、裏を返せば新規参入が少ないですから、入っていけばチャンスがあります。

日本にはまだまだ、こうしたイノベーションが起きやすい領域が数多く残されています。介護や漁業もそうだと思います。

既存事業者が新しいことをやろうとすると、既存の仕組みを効率化することにとどまることが多いですが、全く外の業界の人が参入すれば、全く違ったものが出来上がる可能性があります。私たちはそうした姿を目指しています。

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第2回は