<前回は

1/5

誰しもが持つ「ナラティヴ」とは何か

社会で働く中で、私たちは気がつかないうちに「私とそれ」の関係性を相手との間に構築していることがよくあります。うまくいっているならば、無理にそれを変える必要はありません。

しかし、そこから何か想定外の問題が生じたときなど、適応課題が見出されたとき、私たちはその関係性を改める必要が生じていると考えることができるでしょう。

その一歩目として、相手を変えるのではなく、こちら側が少し変わる必要があります。そうでないと、そもそも背後にある問題に気がつけず、新しい関係性を構築できないからです。

しかし、「こちら側」の何が変わる必要があるのでしょうか。

それはナラティヴです。「ナラティヴ(narrative)」とは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のことです。物語といっても、いわゆる起承転結のストーリーとは少し違います。

__________________

ナラティヴは、私たちがビジネスをする上では、「専門性」や「職業倫理」、「組織文化」などに基づいた解釈が典型的かもしれません。

いくつか例を挙げてみましょう。

上司と部下の関係では、上司は部下を指導し、評価することが求められる中で、部下にも従順さを求めるナラティヴの中で生きていることが多いでしょう。

また部下は部下で、上司にリーダーシップや責任を求め、その解釈に沿わない言動をすると腹を立てたりします。

つまり互いに「上司たるもの/部下であるならば、こういう存在であるはず」という暗黙的な解釈の枠組みをもっているはずです。

さらに医者と患者の関係性であれば、医者は人命を預かった上で、患者を診断する対象としてのナラティヴで解釈します。患者は患者で、自身の身体の問題を正しく治療してくれる「先生」として解釈するでしょう。

2/5

対話とは、互いの溝に橋を架けること

ナラティヴは個人の性格を問わず、仕事上の役割に対して、世の中で一般的に求められている職業規範や、その組織特有の文化の中で作られた解釈の枠組みから生じるものです。

「リストラ」という言葉を考えるとわかりやすいのですが、日本でリストラと言えば、「雇用を守る責任を果たせなかった」という語られ方をよくします。そもそもリストラは、リストラクチャリング(restructuring)の略語で、企業の事業構造を「再構築」するという意味です。

アメリカの場合だと、リストラに対して日本のような厳しい批判ばかりでなく、戦略的な経営判断として受け止められます。なぜなら、リストラは経営を立て直す再構築の全体戦略のうちの一つに過ぎず、主眼は雇用問題ではなく経営状況の回復であるというナラティヴがあるからです。

ポイントは、どちらかのナラティヴが正しいということではなく、それぞれの立場におけるナラティヴがあるということです。つまり、ナラティヴとは、視点の違いにとどまらず、その人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものなのです。

こちら側のナラティヴに立って相手を見ていると、相手が間違って見えることがあると思います。しかし、相手のナラティヴからすれば、こちらが間違って見えている、ということもありえるのです。

こちらのナラティヴとあちらのナラティヴに溝があることを見つけて、言わば「溝に橋を架けていくこと」が対話なのです。

そもそも溝に気づくこと自体、簡単ではありませんし、のように葛藤の中で見出すことも多くあります。

しかし、他者との関係性の間に生じたナラティヴの溝に向き合うことで、人や組織を動かすことができるのです。

3/5

語りと物語とナラティヴ・アプローチ

この本で取り扱う、対話や適応課題への取り組みは、医療や臨床心理の領域で研究・実践されてきた「ナラティヴ・アプローチ」という思想・方法に基づいて書かれています。

ナラティヴ(narrative)というと、日本語では「語り」と訳されますので、どう言語的にコミュニケーションをするか、ということを扱っているものだと理解されがちです。

しかし、本来のナラティヴには、2つの意味があります。

ひとつは、語る行為である「語り」としてのナラティヴ、もうひとつは、その語りを生み出す世界観、解釈の枠組みとしての「物語」です。この本では、主に後者の物語をナラティヴと呼んでいます。

私たちが何かを語るときは、気づかないうちに何らかの語らんとする物語に即して語っています。たとえそれが沈黙であったとしても、何も語らない、ということで何かを語っています。

ナラティヴ・アプローチは、相手の物語の硬直性を変えるような介入の方法もありますが、むしろ、こちら側がいかに硬直した物語で相手を見ているのか、こちら側の物語を変えることで、よりよい実践を生み出していくことが中心に考えられてきました。

そうしたことが考えられるようになった背景には、様々な技術を尽くしても解決することができない臨床医療の場における専門性の限界に、医師や看護師、カウンセラーなど、専門家たちが直面したことがあります。

これを少し違った言い方をするならば、目の前の問題が技術的に解決が難しいときには適応課題があります。その適応課題に挑む上では、相手の物語をよく知らなければならないし、そのためには、こちらが相手をどのような存在として見るのか、こちらの物語をまず変えていかなければならない、ということです。

特に、専門家としての物語に生きていると、相手を自分の仕事を行う対象、道具として捉えやすくなります。その関係を変えていくことで、適応課題を解消していくことができるようになるのです。

したがって、ナラティヴ・アプローチは、ナラティヴという言葉から連想されるように「どう相手に話をするか」ということよりも、むしろ、「どう相手を捉える私の物語を対話に向けていくか」を主軸にしたものと言えます。

そして、これを一歩引いて見てみると、適応課題に直面してお手上げに思えたときも、実は自分の側から対話をしていくことによって、色々な道を切り開ける可能性があるということを意味していると言えるでしょう。

対話、適応課題、そして、ナラティヴ・アプローチは、このような関係で繋がっているのです。

<無料公開は以上になります。続きは

『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』 

*「NewsPicksアカデミア」では、毎月NewsPicksパブリッシングの書籍が一般販売より早くお手元に届きます。詳しくはをご覧ください。


4/5

【NewsPicksパブリッシング創刊!】

「希望を灯そう」をビジョンに掲げ立ち上がった、NewsPicksパブリッシング。このたび、、(宇田川元一著)(佐々木紀彦著)を2冊同時に刊行いたしました。

____________________________2019-10-04_10.54.28

なぜ、この時代に出版社なのか。読者に、どのような本や読書体験を提供していくのか。もぜひお読みください。


5/5

『編集思考』出版記念イベントのご案内

■10/11(金) 青山ブックセンター本店 お申し込みは

■10/18(金) 八重洲ブックセンター本店 お申し込みは

■10/28(月) 梅田 蔦屋書店 お申し込みは

■10/30(水) 代官山 T-SITE お申し込みは

■10/31(木) 二子玉川 蔦屋家電 お申し込みは