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一方的に解決できない4タイプの「適応課題」

ここで一度、適応課題について、掘り下げて考えたいと思います。

まず適応課題とは一体何でしょうか。ロナルド・ハイフェッツたちは、適応課題には4つの種類があると述べています。

1つ目の「ギャップ型」は、大切にしている「価値観」と実際の「行動」にギャップが生じるケースです。

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例えば、日本は女性の社会進出が著しく遅れていると言われて久しいですが、女性の社会進出が必要であることを反対する「価値観」の人は少ないでしょう。

しかし、足元では、ある時代までの男性にとっては都合のよかった男性中心の職場が形成されています。その仕組みが、短期的にはある部分で理にかなって機能してしまっているため、職場によっては、それを変えるような「行動」をとることがなかなか難しいのも事実でしょう。

これを変えようとするならば、男女の対等な社会参画という長期的なゴールのために、短期的な合理性をある程度犠牲にする必要が出てくるというギャップが生じています。

実際にこのギャップを埋めるために行動を変えようとすることは、それなりに複雑で厄介な問題であると言えるでしょう。

言うなれば、問題は(狭い意味で)合理的に発生します。そうだとするならば、この合理性の根拠を変えるよう働きかけることに挑む必要が出てくるのです。

も、このギャップ型でしょう。相手を評価する仕事上の価値観と、跡継ぎとして尊重する際に取るべき行動にズレが生じていました。

2つ目の「対立型」は、互いの「コミットメント」が対立するケースです。

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例えば、営業部門と法務部門の対立などはわかりやすいでしょう。営業部門は、短期業績の達成が大切なミッションです。一方、法務部門は契約に問題がないようにするということにコミットしています。

組織の中での深刻な対立は、どちらかが明確に正しくどちらかが明確に間違っているわけではなく、どちらもお互いの「合理性の根拠」に即して正しいことがすれ違ったために問題が生じます。合理性の根拠、つまり、枠組みの違いが対立を生むのであり、これをどう解消していくのかに挑む必要が出てきます。

3つ目の「抑圧型」は、「言いにくいことを言わない」ケースです。

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何かを言うことが難しい関係だったり、言ってしまうと厄介なことに巻き込まれて損をするようなことがあるために、抑圧された状態にあります。そうなると問題提起をすることが難しくなります。

組織の中で「ものを語れる」範囲が狭くなれば、当然、考える範囲も狭まります。このタイプの適応課題が、技術的問題として処理されやすいのは、まさにこうしたことに起因しています。

例えば、既存事業にあまり先行きがなさそうだとわかったけれども、撤退できないなどという場合はこれに当たるでしょう。撤退を言い出しにくいために、見通しが立たない事業にあれこれとテコ入れをし続けて現場はどんどん疲弊していきます。

組織の中で語れる範囲を広げていかなければ、適応課題に挑むことができません。

そして4つ目の「回避型」は、痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケースです。

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例えば、職場でメンタル疾患を抱える人が出てきたときに、ストレス耐性のトレーニングを施す、といったケースが典型的です。焼け石に水でも対策は打っているというエクスキューズになるからです。

多くの人はそれが個別の能力レベルで対処できる技術的問題ではなく、職場の仕事の仕方や事業そのものが根本的に抱えている問題に着手しなければならないことには、暗黙のうちに気がついています。

しかし、それに取り組むことが難しいので、問題をすり替えたり、責任を転嫁したりします。取り組むべき課題に向き合うことこそが重要になってくるのです。

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問題は、問題の立て方にある

これら4つのタイプに共通する点は、どれもが既存の技法や個人の技量だけで解決できない問題であり、もっと言えば、人と人、組織と組織の「関係性」の中で生じている問題だということです。

また、少し俯瞰してこれら4つを見てみると、大事なことに取り組んでいない・できないという共通点があるように見えます。

当事者からすると解決しなければいけない問題よりも、そもそも問題の立て方自体に問題があるということだと言えます。

しかし、なぜ当事者が表に出てきている問題だけに注力するのかと言うと、それは既存の認識の枠組みによって、問題の立て方が制約されるからです。

例えば、先に挙げた営業と法務の対立で考えてみると、お互いにそれぞれの枠組みから自分の正当性を主張するのは、自分の枠組みからは相手の主張こそが問題に見えるからです。その結果、相手がなぜそのような「馬鹿げた主張」をするのかと考えるようになります。

しかし、一度自分の解釈の枠組みを保留してみて、相手がなぜそのように主張するのかを考えてみると、相手には相手なりに一理はあるということが見えてきます。「まあ、言いたいことはわかるな」という感じにはなるでしょう。

そうすると、相手が自分の主張を受け入れられるにはどうしたらよいか、という視点に立つことができるようになるでしょう。

この一連の過程こそが対話であり、適応課題に向き合うということなのです。

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経営危機に瀕したスターバックスの変革

こうした適応課題に挑んでいく対話に踏み出すためには、まずは、目の前で起きていることをすぐに解決しようとしてしまわず一度立ち止まって考える必要があります。

かつて経営危機を経験した際のスターバックスの変革の例を考えてみましょう。

スターバックス中興の祖ハワード・シュルツが、上場以来、初の赤字転落という2008年の経営危機の際に行ったことは、顧客との関係を再構築する対話的な取り組みであったと言えます。

しかし、ここに至るためには、一度立ち止まる対話の準備段階がありました。

1992年に上場をして以来、スターバックスコーヒーは15年間で約100倍という目覚ましいスピードで成長してきました。しかし、上場によって株主価値の最大化が求められる中で、スターバックスを利用することで得られる独特な「スターバックス・エクスペリエンス」の低下が起きていきました。

例えば、エスプレッソを効率的に淹れるために導入したマシンは、背が高く、客からキッチンのバリスタの顔を見ることができなくなりました。

また、効率化のためにコーヒー豆をその場で挽くのではなく、挽いた豆を袋詰めにして店舗で開封する方式へと変更をした結果、コーヒーの香りが大きく失われました。

さらに売上向上を図るために導入したホットサンドイッチは、チーズの匂いを店舗に充満させることになり、これも、スターバックスならではの雰囲気を大きく損なうことにつながりました。

こうした数々の売上向上のための施策の展開を通じて、徐々に顧客が利益のための道具として捉えられるようになっていったのかもしれません。

もちろん、こうなることを意識していたとは思えません。株式上場で現れた株主という新たなステークホルダーとよい関係を構築するために頑張っていたら、意図しないところで「私とそれ」の関係を顧客との間に築いてしまっていたということでしょう。

しかし、その代償はとても大きなものでした。マクドナルドが1ドルでエスプレッソを提供するキャンペーンで大攻勢をしかけてきたときに、顧客の離反が生じ、赤字へと転落していったのです。様々な売上向上策も功を奏しませんでした。

なぜならば、顧客にはもはや独特な経験を提供してくれる場所でなくなったスターバックスに、わざわざ(マクドナルドよりも高いお金を支払って)行く理由がなくなってしまっていたからです。

シュルツは、この状況に直面して、一度立ち止まりました。

何よりもまず、自分も含めた経営陣が、株主価値の向上のために、短期的な経営施策に走ってしまっていたことに目を向け、シュルツ自身もそうした問題を作り出すことに加担してしまっていた一員であったということを受け入れるところから始めたのです。

これを受け入れるまでの葛藤は、相当なものだったと想像できます。自分がよかれと思ってやってきたことが、いつの間にかよくない結果をもたらしていたことを受け入れるというのは楽なことではないでしょう。

しかし、立ち止まることで打てる手段が色々あることが見えてきました。その入り口になったのは、本来スターバックスが何を大切にするべきだったのか、という点です。そこから何を変えるべきかということをしっかりと考え直し、改革に着手しました。

スターバックスが大切にすべきだったのは、顧客もそこで働く従業員も、集う人々が独特な空間で得られる特別な経験であったはずです。いつの間にか変化してしまっていた顧客との関係をもう一度、構築することがシュルツの行った改革の核心であったと言えます。

これは顧客と対話をしたのだと言えるでしょう。いつの間にか「私とそれ」の関係になっていた顧客との関係を見直し、もう一度、自分が顧客だったらどう思うだろうか、というところから自分たちの会社を見直しました。

エスプレッソマシンも背の高いものではなく、バリスタの顔がちゃんと見えるものに変更する決断をしました。この研修のために、全店を一時的に閉鎖するという大胆な決断を下したのは有名です。スターバックス・エクスペリエンスを低下させた様々な取り組みも見直すことにしました。

こうすることで、気がつけば一方的な「私とそれ」になっていた顧客との関係性を「私とあなた」の関係性へと少しずつ近づけていくことができたのです。

しかし、こうした大改革という適応課題に挑むにあたり、シュルツがまず立ち止まったことが、自分や会社の置かれている状況をよく観察し、顧客との対話的関係性の再構築へと歩み出す上で不可欠なものでした。

これは先の適応課題の4つのパターンで言えば、売上が伸び悩んだ際に技術的に解決しようとした「回避型」であり、古くからの現場マネジャーは違和感を覚えながらも言い出せない「抑圧型」であり、もしかしたら、カスタマー・エクスペリエンスが大事だという価値観を持ちながらも成長を優先し続けた「ギャップ型」であるとも言えそうです。

このように適応課題は、組織内の関係性の中で、複雑に絡み合いながら大きくなっていきます。

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なぜ、この時代に出版社なのか。読者に、どのような本や読書体験を提供していくのか。もぜひお読みください。


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