<前回は

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なぜ日本の組織は縦割りになってしまうのか

現代日本の「縦割り病」を打破するには、この時代の日本の組織が無自覚に「縦割り」に陥ってしまうメカニズムをまず認識しないといけません。

原因は、大きく3つあります。

1つ目は、人材の多様性の乏しさです。

その根源は、偏差値別、男女別、地域別に分かれすぎた教育システムにあります。とくに東京圏で暮らすと、「進学校の縦割りネットワーク」に陥りやすいのです。

私は福岡県北九州市の出身なのですが、大学時代に東京に移ってきて驚いたのは、進学校の男子校、女子校の多さでした。「麻布だ、開成だ、筑駒だ、桜蔭だ、女子学院だ、雙葉だ」と、中高時代について話す人が異様に多く、話題についていけなくて戸惑いました。

進学校出身者は頭のいい切れ者が多いのですが、どうも価値観の幅が狭い印象を受けます。最近は受験競争が過熱し、幼稚園からフィルタリングがスタートしているのもその一因でしょう。

男子校出身者の場合、男くさいカルチャーの人が大半です。それはそれで楽しい人もいるのかもしれませんが、異質なものを取り入れにくいので、どうしても発想が偏ってしまいます(私は男女共学の県立高校出身ですが、高校1年時に、運悪く男子のみのクラスに入れられました。その1年は、人生でいちばんの暗黒時代でした)。

地方では別の意味の「縦割り」があります。代わり映えしない人間関係がずっと続くため刺激が少ないのです。

その上、小さい頃の序列が大学、社会人と一生持ち越されるため、周りの目を気にして、新しいチャレンジを仕掛けにくいところがあります。

昔は、地方の共学の公立高校で育って東京に進出する男女がたくさんいました。しかし今は、早稲田も慶應も学生の7割が1都3県の出身者という「関東ローカル」の大学になっています。

さらに卒業後には、みな同じような大企業や官公庁に就職したり、医者、弁護士、会計士などの士業に就いたりします。つまり、人生や人脈がリセットされるタイミングがありません

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ハーバード、スタンダードと日本の大学はなにが違うのか

2つ目の縦割りの原因は、大学教育のあり方です。

「日本の大学教育の最大の問題点は何ですか?」と聞くと、「学生が勉強しない」「留学生が少ない」「語学教育が弱い」などいろんな意見が出てきますが、問題意識が鋭い人ほど、「ダブルメジャーが許されていないこと」と答えます

「経済学部を受験すると、大学では経済学部にしか通えない」というふうに、複数の専攻(メジャー)を選べないことが最大の問題なのだと。

ハーバード、スタンフォードなど米国の大学では、ダブルメジャーは当たり前です。むしろ、奨励されています。

たとえば、ハーバードでは50の学部があり、3700のコースが準備されています。その多くは、領域横断的なコースです。しかも教養課程そのものが充実しており、自然科学、社会科学、人文科学を横断した教養を積めるカリキュラムになっています。

詳しくは下記の表と拙著に記していますが、知的筋力を鍛える最強のプログラムが用意されているのです。

____________________________2019-10-08_16.49.14ハーバード大学の専攻一覧。出所:ハーバード大学____________________________2019-10-08_16.50.06ハーバード大学の新しい一般教養プログラム。出所:ハーバード大学

今の日本の大学でも、やろうと思えば、ダブルメジャー解禁は可能です。にもかかわらず、ダブルメジャーがいっこうに普及しないのは、学部ごとの縦割りを打ち破るのが政治的に大変だったり、先生や事務局の手間が増えたりするからだそうです。

そうしたハードルを越えてでも、日本の未来のために、ダブルメジャーに踏み切る大学が増えてほしい。ダブルメジャーはきっと、今後優秀な学生を引き付ける切り札にもなるはずです。

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『タテ社会の人間関係』から読む日本のカルチャー

「縦割り」をもたらす3つ目の理由は、日本型企業のカルチャーです。

そもそも、日本の組織は縦割りになりやすいですが、戦後は、終身雇用、年功序列、企業別労働組合の3点セットにより、その病がさらに重くなりました。

終身雇用で会社を辞める人が少ない上、年功により序列はガチガチ。しかも欧米は職種別の「ヨコ」の組合であるのに対して、日本は会社別の「タテ」の組合です。こうして閉鎖的なタテ社会が強化されていったのです。

1967年に刊行された日本文化論の名著の中で、中根千枝は日本型組織の特徴をこう記しています。

「ウチ、ヨソの意識が強く、この感覚が先鋭化してくると、まるでウチの者以外は人間ではなくなってしまうと思われるほどの極端な人間関係のコントラストが、同じ社会にみられるようになる」

これは企業にも言えることですし、企業内の部署にも言えることです。こうした文化の中では、部門外の人や、社外の人と付き合おうという意欲が生まれにくく、社交の技術もなかなか発展しません。

その結果、他流試合の楽しさや厳しさを経験せずに一生を終える人材を大量に生産してしまう、と中根は嘆いています。

とくに日本の大企業の人たちは、社外の社交が苦手です。

私が所属するニューズピックスでは、毎週のように読者向けイベントを主催しているのですが、懇親会の際に、手持ち無沙汰で戸惑っている人は大企業の男性が多い印象です。

講演者との名刺交換にはズラッと並ぶのですが、他の企業の人にカジュアルに話しかけたりすることがなかなかできません。

であれば、社内の社交はやりやすいかといえばそうでもありません。日本型企業は、企業内の部署間の壁も高く、横串をつなぎにくい。

社内で編集思考を駆使しようとしても、よっぽど偉くならない限り(トップやトップに近い実力者にならない限り)、各部門をつなげにくいのです。

中根はこう書きます。

「集団における既成の組織力が驚くほど強く、一旦でき上っている組織の変更は、集団の崩壊なしにはほとんど不可能である。そして集団成員の行動力は、完全に既成組織を前提としていることを忘れてはならない。

したがって、このメカニズムでは、事実上、その集団の存続を前提とすれば、頂点にいない限り、個人はリーダーになりえないということになる。

個人プレーが圧倒的にものをいう、きわめて限られた分野以外では、どんなに個人が能力をもっていても、頂点にいない限り、名実ともに輝かしい活躍をすることはできない。能力のすぐれた若者・中年者にとって、まことに遺憾なメカニズムである」

この中根の分析を聞くにつれ、大企業で若者がくすぶってしまうのは、もはや日本型組織の宿痾ではないかと感じてしまいます。

近年、優秀な若手が有名企業を辞める例が増えていますが、この日本型組織の病巣にメスを入れない限り、社外に飛び出して、起業したり、スタートアップに転職したりする若者は増えるばかりでしょう。

ここまで見たとおり、日本人は、下手をすると生まれてから死ぬまで縦割りの世界で暮らせてしまいます。画一的な大量生産・大量消費の時代はよかったですが、今のように多様な価値が求められる時代には、その弊害が強く出て、閉塞感の原因となってしまっています。

だからこそ、横串で物事をつなぐ「編集思考」を備えた個人が渇望されているのです。

<続きは

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【NewsPicksパブリッシング創刊!】

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なぜ、この時代に出版社なのか。読者に、どのような本や読書体験を提供していくのか。もぜひお読みください。


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『編集思考』出版記念イベントのご案内

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