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遺伝子を解明してもわからなかった「生命」の正体

「生命という機密な機械のしくみは、その構成部品である遺伝子をすべて発見し、読み解くことができれば解明されるはずである」——。

この仮説のもと、生物学者たちはこれまで、新たな遺伝子を発見し、遺伝子の“カタログ”を完成させてきました。米国では1990年代から、人間の遺伝子をすべて解析する「ヒトゲノム計画」が実施され、無理だと言われながらも2003年、ほぼすべての遺伝子を調べ上げることに成功しました。

ところが、すべての遺伝子を発見してわかったのは「遺伝子のことがわかっても『生命とは何か』の答えはまったくわからない」ということだったのです。

遺伝子を知るとは、たとえるなら映画のエンドロールを見るかのよう。映画を作っているスタッフやキャストの名前や役割だけがわかっても、これは一体どんな映画だったのかは、全くわからないでしょう?

「遺伝子同士がどのような関係にあるか」を解かなければ、「生命とは何か」の答えには近づけない。そこで私が注目したのが、時間の中で分解と合成をくり返す、その矛盾の上に生命が成り立っていること。

ここから私は、生命を「動的平衡」として捉えるコンセプトにたどり着きました。

生命とは、遺伝子のことでもなければ細胞のことでもない。絶え間なく分解と合成を繰り返しながらバランスをとることである。これが動的平衡の考え方です。重要なのは、分解と合成は同時に起こるのではなく、常に「分解」の方が少しだけ先回りして起きていること。

自分で細胞をどんどん壊す。壊し続けることで安定しているのが「生命」なのです。

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宇宙には「エントロピー増大の法則」という大原則があります。形あるものは崩れ、光っているものは錆び、「整った状態」は「乱雑な状態」の方向に動く。

生物も同じです。何もせずにそのままでいたら、酸化したり、形が変わったりする脅威にいつもさらされています。

できるだけ長く生き永らえるためには、絶え間なく変化しなければいけません。一年もすれば、あなたを形作っていた分子や原子は、あなたの中からはほとんどいなくなってしまっています。

それでも見かけ上、あなたはあなたであるように見えます。ジグソーパズルでたとえるなら、全部のピースが一度にごっそりと入れかわるのではなく、他のピースとの関係性を保ちながら細胞が一つひとつ入れかわっているからです。

全体的な絵柄はそれほど変わらずに、ピースを絶え間なく交換している。この状態が「動的平衡」です。

先回りして壊し、入れ替える。同じもののように見えるけれど、よく見ると同じものではない——。

ここまでの話を聞いて、生物としての生命以外の何かを想像した人も多いのではないでしょうか? 会社の組織や建造物、都市、社会そのもの……。

そう、動的平衡は生命だけではなく、生命体が行うさまざまな活動にも見られます。

たとえば「阪神タイガース」。長年応援を続けている、熱狂的なファンも多い球団です。ところが、よく見ると10年前の阪神タイガースと今の阪神タイガースは、同じものではありません。常に古い選手が卒業し、新しい選手が入ってきている。

中身が入れ替わっていても、いや、常に入れ替わっているがゆえに、阪神タイガースというブランドや文化は続いている、とも見ることができます。

あらゆるものを「動的平衡」で捉えてみることで、新たな発見があるかもしれません。試しにこんな問いを考えてみてください。

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この問いは、ある建築家と話していて浮かんだものです。絶えず分解と合成を繰り返すのが、動的平衡。それなら、20年ごとに建て替えを行う「伊勢神宮」の方が動的平衡と言えるのではないか?と考えた人も多いでしょう。

しかし私の考えでは「法隆寺」の方が動的平衡です。世界最古の木造建築と言われながら現代までその姿を残しているのは、さまざまな部位が、常に少しずつ入れ替えられ、更新されてきたから。

遷宮のたびに一新して建て替える伊勢神宮よりも、“ちょっとずつ”入れ替えていく法隆寺の方が、より生命のあり方に近しいように、私には見えます。

この動的平衡の視点で世界を眺めてみると、あらゆるものが「生命的」に見えてきませんか? 鴨長明の『方丈記』の冒頭には「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」と書かれています。川はいつも流れていて、もとの水と同じではない——。

文学的な表現ですが、ここで語られているのはまさに動的平衡の考え方です。

「かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」。一方では消えてなくなり(壊され、分解され)、一方では形ができて(合成され)、そのままの状態でとどまっているということはない…。

生命のあり方を動的平衡として捉えることによって、私たちが暮らす社会や、織り成す時代の移り変わりなど、さまざまなものを生命の立場から読み解くことができるはずです。

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壊すことを想定したしくみが「持続可能性」のカギ

ジグソーパズルのピースを取り替えるようにして、日々自分自身を壊し、作り替えている生命。錆びたり、老廃物が溜まったり、システムエラーが起きたりする「エントロピー増大の法則」と戦い、長く自分の秩序を保つために、生命はそもそも“壊しやすい”しくみになっています。

長持ちするためのしくみ、というと、あらかじめ完璧な設計図を引き、頑丈に作っておく方がいいと思うかもしれません。しかし、生命の姿は真逆です。あえて自分自身をゆるく柔らかく作ることによって、部分的に壊しては入れ替え続けることを可能にしています。

この生命の姿から、一体どんな教訓が読み取れるでしょう?

サステイナブル(持続可能)であるためには、あらかじめ、“壊し、入れ替え続ける”ことを想定したしくみを作らなければならない、ということだと思うのです。

組織も、建築物も、都市も、社会も同じです。完璧なものを作るのではなく、一度にすべて入れ替えるのでもない。パズルのピースを取り替えるように、日々破壊しては入れ替えていくことができる、柔らかなしくみの設計が「持続可能性」のカギではないでしょうか。

私たちは日々、変わっています。去年の私と今年の私は、物質レベルでいうと別物です。ならば、自己一貫性に捉われすぎずに、変化していくことに意味があるはず。

生命は——同時に、生命体によるさまざまな営みは——“壊しては、入れ替える”のバランスの上で、成り立っているのですから。

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今日の授業のポイント

☑生命は絶え間なく分解と合成を繰り返しながらバランスを保っている。この考え方を「動的平衡」と呼ぶ。

☑「エントロピー増大の法則」と戦うために、先回りして自分を壊し、入れ替える現象は、生命そのものだけでなく、生命が行うさまざまな活動にも見られる

☑持続可能な組織や都市、社会を作るには、事前に“壊し、入れ替え続ける”ことを想定した、ゆるく柔らかな設計にしておくことが重要である。

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Further reading

1.  福岡伸一/著 講談社現代新書

2.  福岡伸一/著 講談社現代新書

3. 福岡伸一/著 小学館新書

4.  池田善昭、福岡伸一/著 明石書店

5.  福岡伸一/著 新潮社