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市場メカニズム通りではない部分に、発見あり

なぜ、お寺の檀家制度はこれまで機能してきたのか?

長きにわたって伝統を守り続ける大相撲は、特殊な世界なのか?

障害者の法定雇用率の引き上げは、障害者雇用の本質的な課題を解決するのか?

なぜ、高校スポーツの一つにすぎないはずの「高校野球」は、100年にわたって愛されているのか——?

寺、大相撲、障害者、高校野球——。どれも「経済学」とは結び付かない、日常の問題だと思うでしょう。経済学とは、お金や株、景気の仕組みを紐解くものであり、私たちを取り巻く日常の問題は、必ずしも経済学の言う“効率性”や“合理性”だけでは語れない。そう考える方も多いのではないでしょうか。

しかし、こうした日常の問題——特に独自の文化やルールを持つ“特殊な世界”と思われがちな対象を、あえて、経済学の視点から眺めることで、抱える本質的な問題や、一見非合理なようで合理的な仕組みの存在が明らかになることがあります。

アダム・スミスは「神の見えざる手」という言葉で、市場メカニズムを説明しました。一人ひとりが自由意志に基づき、自分の利益や満足を追求して行動すれば、社会にとって最適な状態が実現される。市場にはアンバランスを自ら調整し、最適化する機能があるのだと。

一見すると市場メカニズム通りではない分野を、あえて理想的な市場メカニズムと比較し、効率性と合理性に注目して考察する。そんな私の研究の一端をご紹介しましょう。

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「障害者雇用促進法」によって、民間企業は定められた割合で障害者を雇用することを義務付けられています。しかし、インセンティブとペナルティーをちらつかせながら障害者の雇用の割合を増やしていく現行の制度には、問題点もあります。

一律の雇用率を企業に義務付け、その雇用率をどんどん引き上げていくのは、制度の維持の面でも、企業経営の面でも、いつか限界がくると言わざるを得ません。

たとえば雇用した障害者に求める仕事が、清掃や雑用などの社内向け間接業務を中心とした「仕事切り出し型」や、本来なら外部委託して効率化すべき業務をやらせる「内部取り込み型」だけに留まってしまうとしたら。本業以外の、企業にとっては省力化したほうが効率的な仕事を「障害者の雇用率を達成するために残しておきましょう」とするだけでは、いずれ行き詰まることになるはずです。

社会的弱者は、社会の側が作り出しているという考え方があります。心身に抱えた何らかの機能不全を、「福祉によって保護されなければならないもの」とすると、その人は社会的弱者になってしまう。そうして労働不適格者を増やせば増やすほど、その人たちの居場所をつくり維持していくためのコストがかかります。

であれば、もっとも効率的な障害者の雇用対策は、抱えた機能不全が、働く環境の中で“障害”にならないよう、働き方のほうを変えていくこと。つまり、障害者が本業で力を発揮できるように、働く環境を整えることです。

と考えていくと、これは決して障害者の雇用問題に限らず、他の問題にも通じることだとわかるでしょう。健常者であっても一時的に働けなくなることはあります。出産、子育てなどがその例です。

長期・短期にかかわらず、働く上で何らかの制約・制限を抱えた人、これまでの画一的な就業形態には適応できない人たちの労働力を活用し、生産性の向上につなげる。そのためには、現在の働き方に合わせて無理やり居場所を作るのではなく、人に合わせた多様な働き方の創造が必要――。

障害者雇用の問題からは、まさに日本が今直面している「働き方改革」のための学びを得ることができるはずです。

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今年、全国高校野球選手権大会は第101回を迎えました。全試合がテレビ中継され、高い視聴率を記録するなど、他の高校スポーツと比較しても、絶大な人気を誇る高校野球。しかし、その仕組み自体は、一見すると効率性や合理性とはほど遠いように見えます。

そもそも野球自体が非効率的で非合理的なスポーツです。試合では選手のほとんどが動かない・球場が広い・道具や設備にお金がかかる・制限なく試合時間を延長する・判定は審判の主観によるところが大きい……。

一方で、他のスポーツにはない非効率性が、劇的なドラマを作ることがあります。ほとんどの選手が動いていないということは、動いている選手に注目が集まり、主役を明確にします。長い練習や試合に耐えた後に訪れる感動的な結末は、非効率的なスポーツだからこそ味わえるものです。

さらに高校野球は、公益財団法人日本高校野球連盟によって非商業化が徹底されています。高校野球は教育の一環として行われているからです。健康な心身を育成するため、「高校生らしく」ひたむきにスポーツに打ち込む。非商業主義によって、「高校生らしさ」という価値を観客に提供することができるのです。

ある強豪校では、引退までおよそ4000時間を野球に費やしているといいます。長時間の練習に耐え、灼熱のグラウンドに立ち、一発勝負のトーナメント戦に挑む。磨き上げられた「高校生らしさ」の表現。

高校野球が100年を超えて存続し、熱狂され、発展し続けてきた背景には、人気に飛びついて収益化することなく、非商業主義を貫いたことによって、非効率・非合理を、むしろ魅力に変えたという仕組みがあるのです。

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理想と照らし合わせて、世の中の現象を解明せよ

市場メカニズムがうまく働いていない現象=経済学の欠陥、と捉える人が時々います。でも私は、経済学は医学のようなものだと考えているのです。

医学であれば、病気に冒されていない完璧な健康体とはどういう状態か、体のさまざまな部位がどのようにうまく機能しているかをまず理解する必要があるでしょう。ただし、現実には完全に健康な人などいません。どこかに具合の悪いところがあります。うまく機能している状態と比べてどうか、と科学的なアプローチで病気を明らかにして治したり、治らなければ悪い状態のままで生きていく方法を考えたりします。

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経済学における“健康体”とは、市場メカニズムが完璧に機能する「完全競争」という理想的な経済システムのことです。「完全競争」とは、無数にいる経済の主体がすべて市場への影響力を持たず、市場で決まった価格に従って行動する状態。この市場での競争を通じて、資源を無駄遣いすることなく、必要なものが必要な量だけ生産され、消費されるのが理想です。

この理想像をふまえて、現実の社会を眺めてみましょう。世の中には、法律や規制などの何らかの力で市場メカニズムが機能していないもの、論理的な議論自体がタブー視されているものがあります。一体なぜ市場メカニズムがうまく働いていないのでしょうか?

この思考は必ずしも、「市場メカニズムがうまく働いていない環境に、完全競争の仕組みをそのまま当てはめる」ことを意味するわけではありません。障害者福祉に完全競争を持ち込むべき、高校野球の非効率性・非合理性を是正すべきという主張ではないのです。

障害者だから、高校野球だから、他と違って“特殊な世界”だからと特別視して終わるのではなく、俯瞰して全体のしくみを観察し、一般化して深く考えること。その結果見えてくるものは、きっと世の中のさまざまな問題を解き明かすヒントになるはずです。

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今日の授業のポイント

  • 障害者の雇用問題を本質的に解決するには、画一的な就業形態には適応できない人たちが“本業で”労働力を発揮するための環境・働き方の整備が重要

  • 「高校野球」人気の裏側には、非商業主義を貫いたことによって、非効率・非合理を、むしろ「魅力」に変えたという仕組みがある

  • 理想形である市場メカニズムと比較しながら、日常的な問題・特殊な世界と括られている対象を考察することによって、他の社会問題にもつながる学びが得られる

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Further reading

1.  中島隆信/著 慶應義塾大学出版会

2.  大竹文雄/著 日本経済新聞出版社

3.  スティーヴン・D・レヴィット,スティーヴン・J・ダブナー/著 東洋経済新報社

4.  依田高典/著 ちくま新書

5.  キャロル・グラハム/著 日本経済新聞出版社