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エレベーターに乗って宇宙旅行に行こう

今、あなたはターミナルでエレベーターの出発を待っています。搭乗の準備が整ったようで、エレベーターの中へと案内されました。「上に参ります」とアナウンスが流れ、普段乗っているエレベーターと同じような上昇感で動き出します。

高度50kmまでは、揺れに備えてシートベルトを締めてください。成層圏を過ぎたら席を立っても構いません。ぜひ展望デッキに出て、下を眺めてみてください。そこには美しい地球の姿が見えることでしょう。

そう、あなたが乗っているのは、宇宙ステーションと地球をむすぶ「宇宙エレベーター」なのです――。

まるでSFの世界の話だと感じたでしょう。しかし宇宙エレベーターは、宇宙空間への新たな輸送手段として1990年代後半から注目され、アメリカや日本、さまざまな国で研究を進められています。

これまで宇宙に行ったことがある人間は、たった600人弱。宇宙に行くにはロケットに頼るしかないことが、最大の理由です。人類が気軽に宇宙に行けるようになるためには、ロケットとは根本的に異なる宇宙輸送機関が必要なのです。

では、その宇宙エレベーターを実現するにはどうしたらいいのでしょうか?

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高度約3万6千kmの位置に「静止軌道」があります。静止軌道とは、地球の自転と同じ周期で地球のまわりを回る軌道のことです。

静止軌道に打ち上げたものは、地上からは一点に静止しているように見えるため、気象衛星や通信・放送衛星などによく使われています。この静止軌道からまっすぐケーブルを垂らすと、地球の赤道に行き着きます。

赤道の海上に地球側の駅にあたる「海上ターミナル」を、静止軌道上に宇宙側の駅「静止軌道ステーション」を作り、ケーブルでつなぐ。

静止軌道ステーションは地球の自転と同じ周期で地球を回るので、宇宙エレベーターのケーブルも、静止軌道ステーションも、地上から見ると静止しているように見えるでしょう。

そしてクライマーと呼ばれる乗り物が、ケーブルをエレベーターのように昇降する。これがもっとも実現可能性が高いと思われている宇宙エレベーターの構造です。

ケーブルという支えがあるので、ロケットに比べるとはるかに少ないエネルギーとパワーで移動をすることができ、費用も安くおさえられるでしょう。無重力状態になるのは、静止軌道ステーションに着いてから。特別な訓練なしに飛行機や新幹線に乗る感覚で、宇宙に行ける可能性が高くなります。

ではなぜ今、宇宙エレベーターは実現していないのか。どんな課題が実現を阻んでいるのでしょうか。

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静止軌道ステーションが高度約3万6千kmの位置に留まり続けるためには、宇宙側にもケーブルを伸ばし、静止軌道ステーションを上下に引っ張るようにして、釣り合いをとらなければなりません。現在の想定では、すべてをケーブルにするのではなく、高度10万kmの位置に「つり合いおもり」を設置する構造になっています。

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そこで問題になるのは、静止軌道ステーション部分のケーブルを上下に引っ張る力が、とても大きくなることです。この引っ張る力に対する強さ・軽さを兼ね揃えて、しかも10万kmもの長さにすることができるケーブルの材料が、今のところないということです。

可能性が高いと言われているのは、カーボンナノチューブという素材です。ダイヤモンドや黒鉛などと同じ、炭素原子だけでできている物質で、引っ張りに対する強さも軽さも兼ね揃えていますが、最長でも数cmしかありません。

この素材を10万kmの長さにする方法が見つかれば、宇宙エレベーターの実現は一気に近づきます。

もちろん他にも課題はあります。クライマーを昇降させるエネルギーをどのように供給するか、10万kmにおよぶケーブルをどのように設置・保守すればいいのか、海上ターミナルと静止軌道ステーションをどう制御するのか。

中でも、開発にブレイクスルーが必要であり、そのブレイクスルーはいつ起きるのかわからないという意味で、ケーブルの材料は、もっともネックになっている問題です。

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小惑星からの資源採取や発電――観光以外の新ビジネス創造も期待

宇宙エレベーターの建造期間を20年、ケーブルの素材を手に入れてから実用化するまでの開発期間を20年とすると、宇宙エレベーターの完成までには40年はかかることになります。ただし「ケーブルの材料が見つかれば」です。

だからと言って、ブレイクスルーが起きてから研究を始めるのでは遅いと私は考えています。宇宙エレベーターが実現し、人類が気軽に宇宙まで行ける未来が来れば、観光業に限らず新たなビジネスの創造も大いに期待されます。

静止軌道ステーションは無重力状態なので、地球上では作ることができない素材の製造や、大きな工場をつくることもできるでしょう。クライマーのサイズを大きくできれば、小惑星から資源を大量に採取して持ち帰れるかもしれません。宇宙空間での発電も。

宇宙エレベーターの先には、新たなビジネスチャンスが広がっています。ある日突然起きるブレイクスルーに備えて、技術開発や研究を進めておくのは、日本が世界に出遅れないためにも重要なことです。

SF映画や小説などの作品を通して、人間はさまざまな空想を広げてきました。科学は、そうした人間の空想をモチベーションに進化しています。

例えば2019年3月、国際宇宙ステーションへのドッキングに成功したスペースXの宇宙船“クルー・ドラゴン”は、子どもの頃にSFで見たカプセル型宇宙船にそっくりです。「まるでSF」の突飛な空想が、世界を切り拓いていくのです。

イギリスの作家アーサー・C・クラークは1979年に『楽園の泉』の中で大規模な宇宙エレベーターの構想を書いていますが、のちにクラークは「宇宙エレベーターは誰も笑わなくなってから50年後に実現する」と述べています。

今、宇宙エレベーターは笑われる妄想ではなく、ようやく実現可能性のある研究になってきた。生きている間に実現できるかはわかりません。

それでも私には見えるのです。赤道直下にケーブルが垂れ、クライマーが上っていく情景が。そしてそのクライマーを見上げている子どもたちの姿が――。

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今日の授業のポイント

  • 人類が誰でも気軽に宇宙まで行ける輸送手段として、赤道上のターミナルと静止軌道ステーションをケーブルでつなぐ「宇宙エレベーター」の研究が進められている

  • 最も大きな課題は、ケーブルを作る材料がないこと。10万kmの長さを出すことができ、強さと軽さを兼ね備えた素材の発見あるいは開発が必要である

  • 「宇宙エレベーター」による新しい宇宙への交通インフラの実現は、観光業に限らず新たなビジネス創造の機会としても期待されている

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Further reading

1. 石原藤夫,金子隆一/著 ハヤカワ・ノンフィクション文庫

2. 石川憲二/著 オーム社

3. 佐藤実/著 オーム社

4. ブラッドリー・C・エドワーズ,フィリップ・レーガン/著 オーム社

5. 佐藤実/著 祥伝社新書

*連載「大人の課外授業」は、NewsPicksと「スタディサプリ進路」のコラボ企画です。スタディサプリ進路は、高校生が大学名や偏差値によらず、自分が心から取り組みたい学問や研究、学びたい教授から進路選択する行動を応援することで、「学びたい・学んでよかった」がもっと増えていく世界を創り出す挑戦をしています。今回の連載では、人々の好奇心をそそる最先端の研究を紹介することで、その世界観の一端をお伝えしていきます。