「ある魚から、別の種類の魚を産ませる」。

そんな夢のような技術が実現すれば、絶滅しそうな魚を他の魚に産ませて、種の保全を図ることができるかもしれない――。

今回の「大人の課外授業」は、養殖でも稚魚の放流でもない、まったく新しい“魚を絶滅から守る挑戦”について、魚をこよなく愛する水産学博士の吉崎悟朗教授が語る。

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親になるまでに時間がかかるマグロ

みなさんは、世界のマグロがどれくらい危機的な状態に置かれているかご存知ですか? 

世界には3種類のクロマグロがいますが、これらはいずれも絶滅危惧種に指定されています。これは、私たちにとっても無関係の問題ではありません。世界中の高品質なクロマグロを日本人が高値で買い取ることが、本種の減少に拍車をかけた大きな要因と考えられています。

とはいえ「明日からマグロを食べるのをやめましょう」というのは現実的に不可能ですね。そこで、人間が食べる分は、養殖や、海に稚魚を放流する「増殖」という方法で置き換えるアプローチがあります。

実際、マダイやヒラメでは、自力で生きていけるサイズになるまで人の力で育てて、海に放流する増殖事業が行われています。

ところが、マグロで同じことを行おうとすると、一つ大きな壁にぶち当たります。「マグロが親になるまでは非常に時間がかかるうえ、非常に大きく成長する」ということです。成熟するまでに通常は4~5年かかり、成熟サイズは体重60~80キログラム、体長1メートル以上。

この巨大な親マグロを人間の管理下で育成しないと、放流用の稚魚をつくれないのです。となると、増殖のためには非常に大きな施設、長い期間、莫大な労力と費用が必要になります。

それならば——、マグロよりも早く生育し、管理しやすいサイズの魚に、マグロを産ませることはできないでしょうか? ちょうどふさわしそうな魚がいます。マグロと同じサバ科に属するサバ。言ってみればマグロの“親戚”です。

サバは満一歳、体重300グラム程度で成熟するため、マグロに比べて親になるまでの時間・費用共にかなり圧縮できそうです。

サバにマグロを産んでもらう——。さて、この夢のようなアイデアを実現するには、一体どうしたらいいでしょう?

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マグロを産むには、当然、マグロの卵とマグロの精子を受精させなければいけません。卵や精子の起源をさかのぼっていくと、その〈種〉のような「生殖幹細胞」という存在にたどり着きます。

これは、非常に小さな魚の子ども(仔魚)がもっている細胞で、卵巣に取り込まれれば卵をつくり、精巣に取り込まれれば精子をつくる細胞です。

ということは、マグロの仔魚から生殖幹細胞をとってきて、オス・メスのサバにそれぞれ移植すれば、オスがマグロの精子をつくり、メスがマグロの卵をつくりはじめるのではないか? これを交配させれば次世代にマグロが生まれてくるはずです。

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ただしマグロの仔魚はそもそも希少なので、なかなか手に入りません。この仮説が正しいかどうか、まずはニジマスを使って実験をしてみることにしました。ところが――。

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ニジマスの仔魚の体のどこに生殖幹細胞があるのか、顕微鏡で一生懸命探してみましたが、見つからないのです。試行錯誤した結果、ニジマスをホルマリンで固定し、死んだ状態であれば、生殖幹細胞を発見することができました。

ただし、移植のためには、生きた仔魚の体の中から生殖幹細胞を探さなければなりません。

そこで私が考えたのが、“クラゲの力”を借りることです。2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩先生は、オワンクラゲから「緑色蛍光タンパク質GFP」を発見しました。これは青緑色に光るタンパク質です。ニジマスの仔魚の細胞にも、それぞれタンパク質が存在しています。

クラゲの持つ、光るタンパク質を作り出す遺伝子をニジマスの仔魚に注射してみたところ、全身がビカビカと緑色に光るニジマスの仔魚ができました。

次に、死んだニジマスの仔魚から取ってきた生殖幹細胞でのみ機能する遺伝子の特徴を分析し、その特徴をクラゲの遺伝子が持つように遺伝子を組み換えてみたところ、生殖幹細胞“だけ”が光るニジマスの仔魚をつくることができたのです。

“クラゲの力”を借りて、ようやく見つけたニジマスの生殖幹細胞。これを他の魚に移植してみたら――、果たしてどうなったでしょう?

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ヤマメがニジマスを産んだ

ニジマスの代理親として選ばれたのは、同じタイヘイヨウサケ属に属している、いわばニジマスの“親戚”、ヤマメでした。ヤマメ自身が卵や精子を作れないように不妊処理をしたうえで、ニジマスから取ってきた生殖幹細胞をヤマメに移植すればいいのですが、ここで一つ問題が発生します。

ヒトの臓器移植と同じように、別の個体間で臓器を移植すると、宿主の免疫系が拒絶反応を起こすのです。ヒトのように、免疫抑制剤を投与できればいいのですが、水中の魚に免疫抑制剤を入れると、魚はことごとく感染症にかかって死んでしまいます。

ただし卵から孵化して2週間くらいの仔魚のうちは、免疫系が非常に未熟であるため、拒絶反応が起こらないことがわかりました。

そこで移植実験をしてみると、仔魚の卵巣や精巣に移植しなくても、体内に移植するだけで、細胞が自力で仔魚の体内をアメーバ運動により歩いて、最終的には卵巣や精巣にたどり着くことがわかりました。

こうしてニジマスの生殖幹細胞を移植したヤマメを1~2年飼育した結果、めでたくヤマメはニジマスを産んでくれたのです。外観も、成長も、通常のニジマスとまったく同じ。念のためDNAレベルの解析をしてみたところ、間違いなくニジマスと一致しました。

Yoshizaki_chigyo「代理親」となる仔魚に生殖幹細胞を注射する様子
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絶滅危惧種を守る「タイムカプセル」

生殖幹細胞を移植することによって、ヤマメからニジマスを産ませることに成功しました。では、サバからマグロも産ませられるのではないでしょうか?

実は、まだサバからマグロを産ませることはできていません。マグロの生殖幹細胞がサバの生殖器までたどり着かないなど、いろいろなハードルがあり、現在は、マグロの代理親として亜熱帯産のサバが有力候補であることまではわかっているものの、まだサバからマグロが産まれるまでは至っていません。

しかし、この生殖幹細胞を活用した代理親の仕組みは「今生きている魚を、自然な状態で絶滅から守る」方法として、実用化の期待を集めています。

魚を絶滅から守る方法というと、多くの人が水族館で飼育することを思い浮かべるでしょう。

しかし、人工的な飼育下では、たった2世代繁殖させるだけで、自然界では生き残れない弱い個体が増えてしまうことが報告されています。

自然界の厳しい生存競争では生き残れなかったはずの弱い個体も、人工的な飼育下では生存し子孫を残すことができるため、本来なら消えていくはずの遺伝子が次世代に伝わり、たった2世代を経るだけで、自然界のものとは遺伝子情報が大きく変わってしまうからです。

生殖幹細胞を凍結保存しておけば、今生きている魚の遺伝子情報を劣化させることなく「タイムカプセル」としてそのまま保存することができます。「サバからマグロは産まれるか?」――この問いは、本来そこにいるはずの姿のままで、絶滅の危機に瀕した魚を守るための挑戦なのです。

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今日の授業のポイント

  • サバからマグロはまだ産まれていないが、ヤマメからニジマスを産ませることには成功した

  • 卵や精子の〈種〉になる「生殖幹細胞」を移植すると、別の個体内で、ドナー側の精子や卵を育てることができる

  • この研究は、代理親の仕組みで、遺伝子情報を劣化させることなく、絶滅危惧種を守ろうとしている

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Further reading

』 吉崎悟朗/著 岩波ライブラリー

*連載「大人の課外授業」は、NewsPicksと「スタディサプリ進路」のコラボ企画です。スタディサプリ進路は、高校生が大学名や偏差値によらず、自分が心から取り組みたい学問や研究、学びたい教授から進路選択する行動を応援することで、「学びたい・学んでよかった」がもっと増えていく世界を創り出す挑戦をしています。今回の連載では、人々の好奇心をそそる最先端の研究を紹介することで、その世界観の一端をお伝えしていきます。