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行動規範が身体化されてこそ、真の戦略になる

入山 前回の野中先生との対話では、まずは人と人の「共感」なくして知識創造は起こらない、ということが大きな学びでした。

野中先生のSECIモデルによる暗黙知と形式知の往復による知識の創出も、またそれと親和性の高い現象学も、「共感」が原点なのですね。

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この後半では、こういった視点を実際のビジネスにつなげる話を伺いたいです。まず、このSECIモデルをビジネスパーソンが具体的なアクションにつなげていくためには、何が必要でしょうか。

野中 最近になってわかってきたのは、組織が一体となって動くための戦略は「物語」としてしか表現できないということです。

入山 「物語」とは、企業経営者が語るビジョンのようなものですか。

野中 物語(ナラティブ)は、プロット(筋)とそれを行動につなげるスクリプト(行動規範)で構成されます。ロマンのある筋書きは誰にでも描けるんです。たとえば、技術体系のように分析的な形式知で描けるでしょう。それを実現するために重要なのは、行動基準となるスクリプトです。

京セラには、「京セラフィロソフィ」という行動指針が78項目ありますが、「こういう状況では、こういうアクションを取る」という仕事の型みたいなものが組織的に共有されている企業体は強いんですよ。

戦略が社員の間で身体化している状態と言ってもいいかもしれない。

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入山  「戦略が身体化」ですか……!そこまで刷り込まれているということですね。

そういう意味で興味深い例として私が思いつくのは、米大手化学メーカーのデュポンです。デュポンはもちろん業績の上下はありますが、それでも比較的安定して20%近いROE(株主資本利益率)を長い間叩き出しています。

一方、この20年くらいをみると事業ポートフォリオがほぼ完全に入れ替わるくらい、絶えず変化し続けている企業なんです。

さらにデュポンは、行動規範もまさに「身体化」されている印象です。私の理解では、デュポンの行動規範の根底にあるのは「安全」です。

それが社員に身体レベルで浸透しているので、例えば私が聞いた話では同社の社員は「自動車に乗ったら後部座席でも全員シートベルトを締める」し、「駅の階段では必ず手すりをつかんで一列に壁際を歩く」らしいです。

野中 まさにスクリプトですね。そういうことを実践しているうちに、いつの間にか行動規範が身体化して、環境の変化に身体が自在に反応するようになる。

そういうアジリティ(敏捷性)が生成されてこそ、本当の戦略論だと私も思うんです。

逆に、最初から理論ありきでマーケット構造を考えてブレイクダウンするのは、変化の激しい時代には有効じゃない。だからマイケル・ポーターはおもしろくない(笑)。

入山 ははは、実際、私もそう思うところはあります。ポーターの戦略は視点としては間違いなく意味があると思いますが、他方でこの変化の早い時代にはポーター型の戦略計画を練っているうちに状況がどんどん変わってしまう。このことは私の著作でも書いています。

野中 ポーターの戦略論からは「生き方」が出てこないんですよ。たとえば資本主義だって、マックス・ウェーバーが『』で説明しているとおり、宗教的行動規範から商業活動を真面目に実践した結果、富につながる。

そのプロトタイプは、ベンジャミン・フランクリンの13の徳です。この行動規範の意図せざる結果として、富の蓄積につながったというわけです。

行動規範が「生き方」のレベルにまで昇華されていれば、人間は自ら判断して動いていくようになるんです。

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「終身雇用」の曲解

野中 だから日本的経営というよりも、ディシプリン(規律)のある組織運営なんです。アメリカ人だって規律正しい海兵隊が好きなんですよ。ジェイムズ・アベグレンというコンサルタントがいたでしょう?

入山 『』(1958年)を書いた人ですね。

野中 彼は第二次大戦のときの海兵隊員で、ガダルカナル島と硫黄島でケガを負いながらも、国のために命を懸けて戦う日本軍に尊敬の念を抱いた。だから退役後にボストン・コンサルティングの日本代表になって、日本の経営の本質を必死に考えたんです。

入山 たしかアベグレンはその中で、日本的経営の“三種の神器”が、年功序列・終身雇用・企業別組合だと指摘した、と言われてますよね。

野中 そうなんですが、じつはアベグレンが指摘したのは「終身雇用」ではなく、lifetime commitment、「人生を賭して任務に当たる」ということなんです。それを「終身雇用」と訳したから、本来の意味からは離れてしまった。

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入山 へえ!では、「終身雇用」と訳すのは曲解なんですね。

野中 アベグレンは日本の組織の本質を戦いの中で感じ取ったんだと思います。

だから日本に来てからも、株主資本主義で経営を評価することを最後まで批判していた。強い組織は「働き方改革」のような弱々しい戦略では構築できないんです。

入山 なるほど……そう意味ではいまの日本のビジネス界、特に一部の大手企業などは、やわな方向に進んでいるのかもしれませんね。たしかに高度成長期の日本の企業には、いいか悪いかは別にして「厳しさ」があった。

野中 厳しかった、ディシプリンがありました。永守重信さんが率いる日本電産の三大精神のひとつ「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」は、まさに五感で感じる生の言葉で表現された行動指針です。

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「共感」を経営指標とする

入山 いま世界で潮流になっている経営学は科学化に進んでいますよね。つまり「理論」と「実証」の二項対立を前提に、理論を立ててそれをデータ分析をしておしまいということが、少なくとも海外では主流になっています。

それに対して野中先生は、経営学のアプローチにももっと違うやり方があると提起されているわけですが、具体的にどのようなことをお考えですか?

野中 重要なのは直観と理論のバランスをどうやって取るかです。

たとえば、SECIモデルを数値化して、経営の評価ができます。たとえばエーザイでは2年に1度、SECIモデルの4つのフェーズを5段階で数値化し、状態を測っています。

業績がいいときは、「E(表出化)」と「I(内面化)」のポイントが高くなるのですが、エーザイCEOの内藤晴夫さんは「S(共同化)」の評価を非常に大事にしていました。これは卓見で、最初に共感のレベルが動くことで、SECIプロセス全体が回っていくんです。

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入山 やはり、企業でも最初に「共感」ありきなのですね。

野中 最近でも、アジャイル・スクラムの開発者ジェフ・サザーランドも、「幸福の度合い」を5段階で測定し始めています。ハッピーな人間はパフォーマンスも高いということには疑いがないからです。

入山 最近ではセンサー技術などが発達し、場の雰囲気や熱量、一人ひとりの表情、感情などがある程度数値に落とし込める時代になってきました。このような技術を応用すれば、SECIモデルを使った経営評価はもっと浸透するかもしれませんね。

野中 というアルミ切削加工の会社があります。かつては自動車メーカーの孫請けだった鉄工所でしたが、暗黙知である職人の技を形式知化してデータに落とし込み、コンピュータ制御で多品種単品の加工を実現する「24時間無人加工の夢工場」へと変貌しました。

それを可能にしたのは、ヒューマン・セントリック(人間中心)な経営思想です。会社は家庭の延長みたいな雰囲気で、社内ではスリッパ履き。社員はみんな一心一体で働いています。

経営の指揮を執る副社長の山本昌作さんは、「人間らしい知的作業の善循環」という表現を使いましたが、これからは幸福の度合いをスクリプトに描けるHILLTOPのような企業がどんどん出てくるように思います。

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入山 HILLTOPは私も行ったことがあります!たいへんに面白い会社ですよね。

所在地は京都郊外の宇治ですが、工場にはピンクのカーペットが敷いてあって、昔ながらの3Kのイメージは全くありませんよね。

確かNASAやUberからも受注している。いま同社には日本中の企業からの「現場が見たい」という訪問が絶えないそうです。

私は、山本さんの息子で経営戦略部長の勇輝さんに取材したことがあるのですが、彼は「やがて会社から『部署』もなくしてしまいたい」と話していました(笑)。

工場作業には機械学習を徹底的に取り込んだりして、会社に人間らしさをもたらすことで、社員が給料や出世のためではなく、本心からおもしろいと感じて自ら動く「内発的動機」によって働いていることがHILLTOPの成長の秘密だと、私は理解しています。

野中 こういう話を、いまの若い人たちは結構興味を持って聞いてくれるんですが、SECIモデルなんて言わず、「知的体育会系であれ」と五感に手応えのあるスクリプトで語るほうが、みなさんの腹に響くようです。

いまの日本で一番リードしているのはスポーツ選手ですからね。徹底的に身体を極限まで突き詰めながら、他方でデジタルも使いこなす。アスリートたちは知的体育会系のいいお手本ですよ。

入山 なるほど、たしかに!そう考えると今の若いビジネスパーソン、特に大手企業に勤めているような方たちには、「頭も身体も限界を感じるほどの真剣勝負」をする機会が少ないかもしれませんね。

一方で野中先生がおっしゃるように、これからの時代の担い手になるデジタル世代はヒューマン・セントリックなSECIモデルの考え方にものすごく共感を覚えると、私は思います。

会社や組織にとって「本当に大事なものは何か?」を突き詰めれば、「それは人間である」という本質に必ず突き当たるはずですから。

そう考えると、対談の冒頭でも申し上げたように、まさにこれからのビジネスの世界こそ野中理論がさらに重要になるのだと思います。今日の対談を通じて、その確信がさらに深まりました。

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