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「統計学で、人間を解き明かしたい」

高校時代、一番興味があったのは「人間とは何か」という哲学的な命題でした。しかし、大学は生物系に進みます。脳や遺伝子の研究で「人間とは何か」に迫れるのではないかと考えたのです。ところが脳科学はまだその域に達していませんでした。

「違ったかな……」。心にモヤモヤを抱き始めたとき、大学の心理学や社会学、経済学の講義をのぞいてみました。すると、そちらの方がしっくりくる。そして自分が興味を持ったテーマはみんな、統計学を使って実証研究をしていました。

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「1人だけ見ていてもよくわからない。けれど何十人、何百人って集まると人間ってこういう傾向があるよね」ということが実証できる。これがたまらなく面白かったのです。

統計学で「人間とは何か」を解き明かしたい。これが統計学という道具を手にしたきっかけです。

医学部の中で人間の行動を対象に統計学を使っていたこの頃に読んだのが『ResearchDesign』『Health Behavior』です。前者は研究者になりたい大学院生に研究のイロハを哲学とセットで教えてくれる本。

後者は医療者向けの本で「禁煙」や「減塩」といった健康行動をみんなに取らせるには、どのようなキャンペーンが有効かといったことが、統計解析による厳密な効果検証を基に論じられています。

どちらも統計学の教科書ではありませんが、統計学を社会課題に応用する際に必要となることが書かれています。この2冊は私の原点ともいえる本です。

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平均や集計ではなく、「推測する」

ビジネスパーソンから「統計学を学び直したい」という声を聞くようになりました。これはビジネスの現場に「根拠に基づいて意思を決定する」という文化が根づきつつあるからだと思っています。

「なぜ売れなかったの?」という問いに、「天気が悪かったから」ではもはや通用しない。「統計上、雨が降ると何割減ります」という解を上司やクライアントに示さないといけない。慌てて大学の統計学の教科書を手に取っても、現実の課題とはまるでつながらない。集計したり、平均を取ったりはできるけれど、ほかに何をしたらいいかわからない。さあ困った……。

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これが「統計学を学び直したい」というビジネスパーソンの置かれている状況でしょう。

そんな方に読んでほしいのが『この世で一番おもしろい統計学』です。統計学は、目の前のデータの平均を取ることではなく、データを無限に集めたらどうなるのか、データの背後にはどんな仕組みがあるのかを推測する学問です。

ところが多くのビジネスパーソンが平均や集計の世界にいて、推測に至る壁を越えられていない。これは壁を越えることだけに特化した本と言ってもいい1冊です。

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先人の研究に当たれ

「統計学とは何か」が理解でき、分析する側に回りたいと思ったら、『統計学演習』『統計的方法のしくみ』を手に取ってみてください。

統計学の学習には2つの鬼門があります。1つは読むだけでは腑に落ちないこと。もう1つが「σ記号」の意味など、統計学のお約束事が教科書で省かれがちなことです。

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『統計学演習』は名前の通り演習書です。手を動かすことで統計学の理解が進むはずです。『統計的方法のしくみ』は副読本で、勉強中、わからないことにぶつかったら当たりましょう。

学習の仕上げには『社会科学のためのデータ分析入門』がいいでしょう。統計学の手法を使ってデータを解析するには統計ソフト「R」を使います。本書では現実の興味深いデータを素材に、「R」を使った解析の実際を手を動かしながら学べます。

学んだ統計学を現実の課題に適用するときにも壁にぶつかるはずです。どんなデータを用意して、どの手法を用いて解析し、結果をどう解釈したらいいのか、わかるはずがありません。

統計手法ばかり学んできたような人がいざ社会に出て、データサイエンティストとして現実の課題に取り組むと「車輪の再発明」*のような過ちを犯すことが多い。何十年も前に結論が出ている、例えば「SPI スコアが高いと仕事ができる傾向が強い」なんていう、しょうもない結果を上げてくるのです。

車輪の再発明(reinventing the wheel):すでに確立されて広く普及している技術や手法を知らずに同じものを一から作ること。

『事実に基づいた経営』

統計学を実践で使うなら、過去にさまざまな社会課題に対して、どのような統計学的考察がなされてきたのか、先人の研究に当たるべきです。

その意味でお薦めしたいのが、『その数学が戦略を決める』『事実に基づいた経営』の2冊です。マネジメント層なら『新版 組織行動のマネジメント』も併せて読んでみてください。

ビジネス上の課題に統計学がどのように使えるのか、今、取り組もうとしている課題に統計学的結論が出ていたりしないかがわかります。統計手法の説明はほとんどありません。もし、本気で統計分析のプロを目指すなら、本の中に登場している統計手法や論文を調べてみてください。

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Book List

[基本から学び直す]

 アラン・ダブニー、グレディ・クライン/著 山形浩生/訳 ダイヤモンド社

統計学の一番のキモは、目の前のデータを集計したり平均を取ったりすることではなく、データの背後に潜む仕組みや法則を推測すること。多くのビジネスパーソンがわかっていないこの点を、マンガ(日本人好みの絵柄ではないが)と図解を使ってわかりやすく解説する。入門書の中では一番よくできている。

 村上正康、安田正実/著 培風館

高校程度の数学で解ける統計学の演習書。教科書で統計学を学んでいると、実際に手を動かしてみないと理解が進まないところがかなりある。本書は数学的な要素は最低限にした例題を多数収録している。教科書を読んでもわからなかったポイントがすっきりわかる。

 永田 靖/著 日科技連出版社

教科書では説明しにくい統計学の事項を丁寧に補足。統計学を学ぼうと教科書を手にした人がつまずきやすいポイント、例えば「σ記号」の意味や「ギリシャ文字の一覧」といったレファレンスが充実している。統計学の教科書を読み始めて「ヤバい」と思ったら、ぜひセットで読むべし。

 今井耕介/著 粕谷祐子、原田勝孝、久保浩樹/訳 岩波書店

統計学の手法を学んだ後、統計ソフト「R」を使うとデータの解析ができるようになる。ところがこの段階でつまずく学習者も多い。本書では現実のデータを「R」で解析し、結果の解釈も含めて実践的に学べる。統計分析の最終的なアウトプット・イメージをつかむには好適。

 John Fox, Sanford Weisberg/著

ビジネスの現場では「回帰分析」の手法群が多用される。本書は統計ソフト「R」を実際に使いながら、数学的な意味も含めて回帰分析の使い方を学べる。回帰分析の教科書には日本語の良書もあるが、実際の社会課題への適用も含め、網羅的に学びたいならお薦め。

[データの使い方を学ぶ]

 イアン・エアーズ/著 山形浩生/訳 文藝春秋

現実の社会課題に統計学がいかに応用できるかを「ワインの将来価値を見積もる」「最適な結婚相手を選ぶ」など、かなり面白いテーマを使って紹介している。読み物として十分楽しめる。ITの進化に伴う統計解析の深化と人工知能の台頭、その実用上の課題についても言及している。

 ジェフリー・フェファー、ロバート・I・サットン/著 清水勝彦/訳 東洋経済新報社

いくつかの経営課題を統計分析の結果を基に論じた先行研究を紹介。例えば「生産性を上げるために金銭的インセンティブを出すことは有効か」という命題に対して、「ある条件下では何%向上する、しない」といった根拠に基づく定量的な答えを示す。経営学者がビジネスパーソン向けに書いた本で実用寄り。

 スティーブン・ P・ロビンス/著 髙木晴夫/訳 ダイヤモンド社

先行研究を知らずに統計学を現場に適用すると〝60年前に結論が出ていること〞を再発見してしまうようなこともある。本書は組織や人材のマネジメントをまとめた1冊。統計手法の説明はほとんど出てこないが、マネジメント分野に統計学を用いるとき、先人の轍を踏まないためにも読んでおきたい。

 John W. Creswell,J. David Creswell/著

研究課題に対していかに仮説を立て、どんなデータを集め、どのような技法で分析・推論して論文に仕上げるか。大学における研究の姿を大学院生向けに示した本。読了した統計学本の中では最も難解だが、最も素晴らしい1冊。もし1冊しか統計の本を読めないとしたら迷わずこの本を選ぶ。

 Karen Glanz,Barbara K. Rimer,K. Viswanath/編

健康のために人々の生活習慣をいかに変えるかを科学的に論じた医療者向けの本。行動科学のバイブル。予算が限られ、厳密な効果検証が求められる医療分野で磨かれた手法は極めて洗練されており、マーケティング分野に生かすとその効果は絶大。マーケティング関係者はマーケティング本よりこの本を読むべき。

*本記事は「NewsPicks Magazine Vol.2」からの転載です。