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扇風機やエアコンはなぜイノベーションなのか

私は1983年にネスレに入社し、2010年からは日本法人の社長を務めています。

36年にわたるキャリアの中で、「キットカット受験生応援キャンペーン」や「ネスカフェ アンバサダー」など、会社を大きく成長させる施策を責任者として立案し、実行してきました。

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こうしたアイデアは「イノベーション」であり、一体どこから思いつくのかと聞かれることがよくあります。しかし私は、思いつきでイノベーションを起こせるような天才ではありません。その都度徹底して考え、実行してきたからこそ、いくつかの施策が当たったにすぎません。

ただ、社長に就任してすぐに、本社から「これまでのイノベーションを分析して共有せよ」という指令を受けました。そこで私は、これまで経験的に行なっていたイノベーションの起こし方について、フレームワークに落とすことにしました。

今回初めて、 の講義で、このフレームワークのエッセンスを語りました。改めて語ると、以下のようなものになります。

最初に、私の考えるイノベーションの定義とは、「顧客が認識していない問題や諦めている問題を、解決するもの」です。

例えば人類が長きにわたって直面してきた、「暑い」という問題。この問題を解決したイノベーションは、究極的には3つしかありません。

1つ目は、うちわや扇子です。これによって人間の力が、「風」に変換されるようになりました。

2つ目は、第二次産業革命で電気が普及して登場した、扇風機です。これによって人間の力を使わなくても、風が起こせるようになりました。

この製品が登場する前は、人々に話を聞いても、「性能のいいうちわが欲しい」という声はあっても、「扇風機が欲しい」という声は絶対に出てこなかったでしょう。

なぜなら「風を起こすのには、人間の力が必要」というファクトは、当たり前すぎてそもそも「問題」として認識されていなかったからです。

だからこそ扇風機の登場は、人々の問題の認識を変えたという点で、イノベーションと言えるのです。

そのうちに、「部屋の湿度を下げれば、涼しくなる」と発見する人が現れました。ここで登場したのが、第3のイノベーションである「エアコン」です。

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エアコンが登場するまでは、「強い風が出る扇風機が欲しい」というニーズはあっても、「湿度を下げる機械が欲しい」というニーズはありませんでした。

そうした、ゲームのルールを変える解決策こそがイノベーションであり、顧客の認識している問題を解決していくものは、改善=「リノベーション」なのです。

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「新しい現実」に着目し「新しい問題」を見つける

では、「顧客が認識していない問題」は、どのように発見するのか。それを私は「NRPS」というフレームワークに落とし込んでいます。

「NR」とは「New Reality(新しい現実)」です。社会で起きている問題、周囲で起きている出来事に目を配り、「現実がどう変化しているか」を観察することで認識できます。

「P」とは、「Problem(問題)」です。そうした現実の変化から生じる問題を想定します。

最後に「S」は「Solution(解決)」です。その問題を解決する答えを探していきます。

この中で最も重要で難しいプロセスは、「新しい現実」から「問題発見」への接続です。いま何が起きているのか、その過程でどのような問題が起きているのか、この発見に一番多くのエネルギーがかかります。

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最近のネスレ日本の事例をお話しすると、2017年には「ネスレ ウェルネス アンバサダー」という健康に特化したサービスを開始しました。

私の目から見れば、ここ最近の日本において、最も着目すべき「新しい現実」は「長寿社会」です。一方、多くの人が「健康で長生きしたい」と思いつつも、それを果たすための方法を知らないのが現実です。

だからあまり深く考えずに、勧められたり広告で目にしたりしたサプリメントを飲んでいる。健康維持に必要な栄養素は、実はその人のDNAや、ストレスなどによって大きく変化するにもかかわらず、です。

これこそが、我々が発見した「Problem」です。

そこで「ウェルネス アンバサダー」では、利用者に検査(血液検査、DNA検査)などを提供し、必要な栄養素を分析しています。その上で、適切な食事を提案したり、栄養成分の入ったカプセルをお送りしています。

カプセルは有料ですが、それを元に飲み物を作るためのマシンは無料で貸与しています。

これはちょうど、職場にコーヒーマシンを無料で貸与し、コーヒーカプセルを有料で提供する「ネスカフェ アンバサダー」のビジネスモデルに似ています。

ビジネスは無事に軌道に乗り、将来的には食品事業と健康事業の売り上げが半々になるところまで、成長が見えてきました。

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イノベーションには当事者意識が不可欠

ネスレ日本にとって、イノベーションは会社の浮沈を決める、極めて重要な要素です。

日本の経済構造を見ると、長年「日本株式会社」とも言える、護送船団方式の企業経営がなされてきました。

メガバンクを筆頭にして、各企業が相互で株式を持ち合い、買収を防いだり、互いに発注し合う構造です。これが昭和から90年代まで持続してきました。

だから私が管理職を務めていたころは、外資系企業は日本でビジネスがやりにくかった。

ネスレの他国の法人は、買収によって非連続的な企業成長を果たしてきたのですが、日本では上記の理由から、なかなか外資系企業に株を買わせてくれませんでした。だから、自前でイノベーションを起こし、成長を果たすしかなかった。

今でこそ「日本株式会社」の構造は弱まっていますが、イノベーションの重要性は変わっていないどころか、むしろ増すばかりです。

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そこで私は社長就任後、「イノベーションアワード」という社内プログラムを始めました。「NRPS」のフレームワークに基づき、新たなビジネスプランを各社員が毎年提出する、というものです。

単なるアイデアコンテストと異なるのは、応募の段階で実際にアイデアを実行している点、人事考課の20%を「イノベーションアワード」のアウトプットによって決める点、そして大賞を取ったアイデアについては、会社の重点戦略領域と位置づけ、経営陣もコミットして取り組む点などにあります。

その中から、新商品の「焼きキットカット」(2013年の大賞)や、新サービスの「キットカット ショコラトリー」(2014年の大賞)などが生まれました。

私が「イノベーションアワード」を重視する理由は、イノベーションには「当事者意識」が不可欠だからです。

イノベーションを起こそうと思ったら、既存の常識とは相反するわけですから、社内外の関係者からアイデアを否定されることはいくらでもあります。

そうしたタフな場面を乗り越えようと思ったら、そのアイデアが「自分のものである」という意識が不可欠です。他人のアイデアがベースになっている場合、どこか他人事になってしまい、困難な場面で及び腰になってしまうでしょう。

そのため、イノベーションが起きる組織を作ろうと思ったら、「当事者」の数を増やすことが決定的に重要です。そのためのイノベーションアワードだと位置づけています。

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「他人の説得」から逃げるな

ちなみに担当者であれ社長であれ、「他人の説得」という仕事から逃げることはできません。

私も管理職時代にはもちろん上司がいましたし、日本法人の社長になった現在でさえ、グローバルCEOなど2人の上司がいます。すべての意思決定を独断で決められるのは、オーナー経営者ぐらいでしょう。

だから自分のアイデアが否定されたときに、「上司が理解してくれない」と言っていては、イノベーションは絶対に起こせません。

サラリーマンの立場でイノベーションを起こすにはどうすべきか、現実問題として考え抜かなければならないのです。

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私の場合、「キットカット受験生応援キャンペーン」を立案した際には、「本当に売れるのか」といった声も社内で出ました。いくら言葉を尽くして説明しても、説得できない人もいました。

そこでまずは、トライアルとして「2ヶ月」という期間を定め、現地のコンビニチェーンと組んで、北海道限定で試してみることにしました。すると、発売から1週間で、ほぼすべての店舗で完売したのです。それを元に再度社内説得を行い、全国的なキャンペーンに育てていきました。

こうした動きも「当事者意識」がなければ生まれませんでした。アイデアを通すための方法は、いくらでもあるのです。

私は多くの方が、自らの中に芽生えた「アイデア」をイノベーションにまで育てることを期待しています。それこそが激変する社会の中で、企業が、個人が生き残る唯一の道だと考えています。

*高岡浩三氏がイノベーションのフレームワークについて語った「NewsPicks MOOC」について、詳細は をご覧ください。

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