第一線で活躍し、社会を変える「実践者」。

彼らは自らの頭で考え、行動し、社会を前進させてきた。 しかしすべてのアイデア、思想を、自らの頭の中だけでうみだしてきたわけではない。

彼らを支え、導いたのが「本」だ。 先人の思考や知恵、葛藤を吸収し、糧にしてきたからこそいまがある。

いったい、実践者たちの本棚にはどのような本が並んでいるのか?  膨大な読書体験の中から、とくに大きな影響を与えた本に迫る。

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楽市楽座はプラットフォームビジネス

「歴史が大事だ」「何々時代のことを学べば現代が開ける」という言葉をよく耳にします。確かに〝温故知新〞は含蓄のある歴史アプローチです。

一方で、歴史の「オールドタイプ」な使い方だとも思っています。ニューエリートと呼ばれる方には「過去と現代を照合したときの共通点と相違点から気づきを得る」といった歴史の使い方をお勧めしたいと思います。

歴史は過去からの逸脱や脱却で動いてきました。未来とは新しい何かが訪れることです。先人の知恵だけでは未来がわかりません。私はむしろ「現代のことを知れば知るほど、歴史像が変わる」というイメージを持っています。少なくとも私自身は温故知新というアプローチにはあまり興味を持っていません。

歴史の知識は中学校、高等学校で学んだ日本史程度で構いません。そのうえで現代の我々が対峙している諸問題を念頭に置いて史料を見てみるのです。すると、先人たちも似たような問題にぶつかり、立ち向かっていることに気づかされます。

横山和輝氏

例えば「経済特区」や「プラットフォームビジネス」と、戦国大名が行っていた「楽市楽座」は、見方次第でいくつもの共通項が拾えます。プラットフォームビジネスは利用者数が多いほど利用者の満足度は高くなります。運営者は当然、多くの人を招き寄せたい。

一方、利用者が増えると犯罪や詐欺めいた取引も増えてくるので対策が必要になる。これは楽市楽座でもまったく同じ構図です。

戦国大名は軍事力を背後に「迷惑行為は厳しく罰するぞ」とお触れを出します。中でも織田信長は宗教儀礼に則った「鉄火起請」という「神判」まで秩序維持に使っていました。軍事力に宗教まで動員して楽市楽座における公正な取引を担保しようとしていたのです。翻って現代は国家権力を背後にした強制力で、不当あるいは不公正な取引を防いでいます。

両者を照合すると、手段こそ異なりますが、いかにして利用者が安心して取引ができるか、詐欺まがいのことをした者をどうやって見つけて罰するかに苦心していることがわかる。

プラットフォームビジネスと楽市楽座は、原理原則、やっていることはたいして変わらないということに気づかされるのです。

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ビジネスに必要な「過去と現代を照らし合わせるスキル」

ビジネスにおけるマーケティングやマネジメント、相手との交渉術、規制やその規制に対する対応、ひいては人間関係のあり方など、現代のビジネスでもよくぶつかる諸問題は、歴史を当たるとよく似た先例が見つかります。

歴史研究では「現代の問題関心から史料の示す事実関係を突きつめてみよう」とします。その成果は「昔はこんな出来事があったのです」といった、教養の蓄えにはつながるかもしれません。さらに、経済史研究においては、経済学のフレームワークを使って事実関係の意味を探ります。

現代の関心に引き寄せられる現象なのに、トータルで見ると過去の方がうまくいっている場合もあるし、現代の方が洗練されている場合もある。子細に両者を照合すると、現代の考え方では説明できない歴史の個性といった部分も見つかるし、現代にしかない部分も見つかります。

この共通していない部分こそが、それぞれの時代の良さだったり悪さだったりする。現代だけを見ていたらわからない現代の良さ、悪さを相対化することで浮かび上がってくる。

こうして、現代の事象と経済学を用いて過去の事象を掘り下げると、「こんなことが昔にあったのか」といった既成の歴史観を覆す発見に至ることさえある。

横山和輝氏

別の事例を紹介しましょう。徳川時代にはマーケットに対する政策的な枠組みが何度も変わっています。同じマーケットなのに、制度によって一部の目利きだけが儲かったり、みんなが儲けやすかったりする。みんなが儲かった方が経済にとってはプラスです。

では、「みんなが儲けやすい市場ってどんなルールが必要だったのだろう?」。翻って、「そのルールは現代のマーケットにもあるのだろうか?」「現代のルールはどうなっているのだろうか?」という考察もできる。マーケットに参加するとき、所与のルールの中で目利きを目指すだけでなく、ルールに対する関心を持てる。

日本の現行ルールは最善といえるのか、そのルールの改正にはどんな意味や効用があるのかといった見解も持つことができるでしょう。

過去と現代を照らし合わせることは、限られた情報から事実関係を説明する作業です。これ自体、ビジネスに必要なスキルのはずです。

現代と過去との照合作業には必ず「情報量の差」という問題がつきまといます。両者を照合するとき、過去の事象についての情報は、現代の事象の情報に比べて圧倒的に少ない。両者の照合には、情報が少ない過去の事実関係を確定し、現代との関連性を導き出していくという作業が必要になります。

一方、ビジネスの世界でもピースが欠けた状態のジグソーパズルで議論をしなければならない状況はあります。例えば、市場調査でも満足度調査でも構いませんが、事情があって情報が欠落し、全貌が不明な状況で戦略を定めなくてはならないとしましょう。

このようなとき、限られた情報から事実をあぶりだし、「これは確かです。ただしこういう誤解には要注意です」という結論を導くテクニックは大いに参考になるはずです。

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日本史から考えるルールの多様性

横山和輝氏

経済学者が歴史に注目し、「あ、歴史の中にも経済学の発見があるんだ」ということが徐々にわかってきたのは、ここ10~20年のことです。

とりわけ経済史研究が盛んなのは経済学の先進国、アメリカ。アメリカは近代しか歴史のない国ですが、それでも100年、500年あるいは1000年以上のスパンで考察する経済学者が現れてきました。ナポレオンの時代やルネサンスの時代、黒人奴隷制に着目する人もいますし、ゲーム理論や因果推論を活用して歴史を解釈することが主流です。

経済学のメインストリームにおいて、歴史事象、あるいは歴史的なデータに対して注目が集まるようになったのです。この流れで、日本史を対象とした研究に積極的な海外の研究者もいます。日本の経済学者が歴史に着目し始めたのはここ最近です。

日本の歴史は、制度や行動規範といった点でバリエーションがあります。中には1000年以上にわたって連綿と受け継がれていることも少なくありません。東海道や北陸道は律令制の五畿七道という行政区分がルーツだし、日本という国名自体が7世紀後半から使われています。

日本の歴史を200年単位で切ってみると、その前の200年の公的な制度や慣行、生活習慣などを多少いじってそのままスライドして使っているような例が多い。徳川時代には室町時代の、鎌倉・室町時代には奈良・平安時代のルールを各地の各人が変えて使っていた国です。

一見すると変化を嫌い、後生大事に古いルールを受け継いできたように見えますが、長い歴史を振り返ると、膨大なバリエーションが地層のように堆積しているのです。過去を振り返り、ルールの多様性を議論しようとしたとき、日本史が注目されるのは不思議ではありません。

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ビジネスで直面する課題のヒントに

経済学の視点からビジネスで直面しそうな課題を過去とどう結びつけるか考えるヒントになりそうな本を10冊紹介しましょう。知識として過去の経済事象を知っておきましょうという内容の本や、現代のファイナンスの世界で実際に議論されているテーマ、経済学の視点で過去の企業統治や企業金融を分析した本です。

横山和輝氏

まず、明治から平成に至る日本経済の歩みを理解しておくために読んでほしいのが『日本の経済統制』『日本の経済』です。

戦後の日本経済はGHQ指令による改革が礎だと捉えられがちですが、実際は違います。『日本の経済統制』は、戦後の日本経済とその成長が第2次大戦時の統制経済を礎にしていたことを解説しています。

2020年の東京五輪を控え、かつての東京五輪を引き合いに「あの素晴らしい日本経済をもう一度」と考える人がいるようですが、当時の経済成長は、今から見ると案外「えっ、こんなことやるの?」といった前提の上に乗っかっていたことがわかります。高度成長は憧れるべき対象なのか否か。もしかしたら高度経済成長のイメージが変わるかもしれません。

『日本の経済』は経済学の視点で20世紀から21世紀の日本経済を俯瞰した本です。マクロ経済学の枠組みを押さえたうえで、戦後の昭和を中心に、明治から平成に至る日本経済の歴史と現状の両方を一気に学べます。

経済活動の基礎である「取引」と、それに伴う「交渉」の核心を、過去と照らし合わせながら考えるのにうってつけなのが、『贈与の歴史学』『戦国大名の「外交」』『大坂堂島米市場』の3冊です。

横山和輝氏

『贈与の歴史学』は、自分の所有物を手渡すという行為の根源に迫って取引や交換の意味を探った本です。律令制が破綻し、鎌倉・室町時代には全国でローカルルールがせめぎ合っていました。その当時の物品の差し出し、交換、あるいは取引について、市場経済の進展のみならず宗教的な背景にも目を配った点は視野を広げてくれます。

企業内の取引や組織のあり方、企業間の取引を考えるうえで参考になるのが『戦国大名の「外交」』です。全国を統治する者がいない戦国時代、領内をいかに治め、他国といかに付き合うかは戦国大名の課題でした。これは企業経営そのものでしょう。戦国大名は、年がら年中、鎧を着て戦っていたのではなく、現代の経営者と似たような交渉や調整の日々を過ごしていたことがわかります。

ファイナンスの本としても読み応えがあるのが『大坂堂島米市場』です。徳川時代、世界初の先物取引が行われた場として有名ですが、取引が成立するためには、どんな条件が必要だったのかを考察できます。

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会社経営と庶民の暮らしを読み解く

第2次世界大戦前の近代日本を照合対象にして、会社経営が社会にどのような影響を与えたかを考えるよすがになるのが『鉄道が変えた社寺参詣』『持株会社の歴史』の2冊です。

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『鉄道が変えた社寺参詣』は、戦前の鉄道会社が路線や駅を造るとき、神社を1つのカギにしていたという話です。鉄道会社は路線というネットワークを開拓できます。住宅地と働く場所、学校、レジャー施設、神社仏閣を念頭に置いて路線図を引き、沿線の住民や関係者の出会いの場を提供しながらビジネスを拡大していった。まさにプラットフォームビジネスです。現代における鉄道の照合対象はインターネット、AmazonのようなIT 産業として鉄道ビジネスを読み込むことができます。

『持株会社の歴史』 はとかく否定的に見られがちなM&Aの利点を、戦前の財閥を観察対象にしながら実証的に説明します。戦前の財閥が持株会社によっていかに傘下会社を統治していたか、さらには株式市場や株主の存在理由を考える契機にもなるでしょう。

庶民の暮らしを現代と過去で照合するのも面白いです。名もなき庶民がいかに歴史をつくってきたかを照合対象にした本が、『一揆の原理』『世界の辺境とハードボイルド室町時代』『江戸の教育力』の3冊です。

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『一揆の原理』が俎上に載せているのは、室町時代の土一揆です。この時代の一揆は、借金など同じ事情を抱えた数人が集い、貸主に借金棒引きなどを求めるような交渉を指します。2~3人でも一揆です。複数の人がどうやって共通ビジョンを持ち、共に行動したのかという点に着目すれば、現代のSNSコミュニティにおける人のつながり方との照合が可能です。著者は、土一揆に参加した層が足軽と呼ばれる歩兵の従者でもあったと指摘しています。室町時代の見方を変えた本です。

『世界の辺境とハードボイルド室町時代』は室町時代と現代のアジア、アフリカの辺境の照合をして共通点を見いだすという本です。常識では無関係としか思えない2つの事象も、見方次第では面白い共通点が見つかるということを教えてくれます。

明治維新が達成された要因の一つが徳川時代以来のリテラシーの高さです。この徳川時代のリテラシーの高さに迫る本が『江戸の教育力』です。その江戸の教育を支えていたのが地域ぐるみの教育です。徳川政権でも藩でもなく、村落の代表者が寺子屋で村の子どもらの学びをコーディネイトしていました。これを現代と照合してみると、いい悪いは別にして、地域の教育機能は現代の方が劣っているかもしれない。歴史は劣化する日本の側面も教えてくれます。

横山和輝氏
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Book List

[昭和と平成の経済の歩み]

中村隆英/著 筑摩書房

昭和戦後の歴史を学ぶうえではその歴史的前提となる戦時統制に対する理解が不可欠。いわゆる「1940年体制」論(戦後昭和の日本経済の枠組みは、1940年頃の戦時統制期に培われた仕組みを基礎としているとする言説)は、この本の論説の焼き直しにすぎない。キャッチーな筋書きとして歴史を捉えるのではなく、史料に根づいて歴史を把握することの大切さを痛感させてくれる名著。

 伊藤 修/著 中央公論新社 

歴史家の多くは、特定の時代のスペシャリストになる傾向が強い。だからこそ興味深い事実関係が次々と明かされるのだが、長期的に歴史を描くことはむしろ苦手とする研究者が少なくない。明治・大正・昭和・平成にわたる日本の長期的な経済発展について、丹念なデータ分析や史料解釈を重ねてきた著者が平易に解説した日本経済史入門。つまり歴史を踏まえた「日本経済論」。

[取引・交渉の核心を考えるヒント]

 桜井英治/著 中央公論新社 

取引、交渉あるいは交換といった行動は、何かを得る代わりに何かを手放す行為でもある。「手放す」ことの意味を考えることは、ビジネス上のルールの意味合いや、ベターな策を模索するヒントになる。ただしあまりに脳内で思考を重ねると、独りよがりな世界観ができるため、独りよがりな思考を適量にとどめるうえで、鎌倉・室町時代の経済を追究してきた著者の論考は参考になる

 丸島和洋/著 講談社 

戦国時代は、日本と呼ぶべき統一国家が事実上なくなった時代。戦国大名がいわば独立国家を形成した時代とも捉えられる。他の大名との交渉、つまり「外交」に力点を置いて戦国大名の政策を考察する斬新な発想の書。著者は国家とは何かという難しい問題を扱いながらも平易に戦国大名の政策を考える。他の企業との関係性を切り口として経営組織論について考えるときにヒントになる。

 高槻泰郎/著 講談社

世界初の先物マーケット、徳川政権下の大坂堂島米市場。市場経済の歴史にとって、徳川時代は全国市場が成立するという重要な局面。価格情報が人々の生活にとって重要な位置を占める時代になった。現代のような通信技術を備えていないはずの徳川時代において、現代にも引けを取らない熾烈な情報戦が展開された。その大坂堂島米市場に対し、価格データ分析を重ねた著者の新作。

[会社経営が社会に影響する]

 平山 昇/著 交通新聞社 

鉄道会社は、従業員と働く場所、消費者と消費地を線路を通じて結びつけてきた。私鉄会社の中には社寺参詣をレジャーに位置づけ、社寺の近くに駅を開業させ、線路を敷設することで沿線住民の娯楽の中に社寺参詣を組み込むことに成功した。ネットワークの活用を通じて利用頻度を増やし、バンドワゴン効果を成立させる現代のプラットフォームビジネスにも通じる経営モデルを示す。

 岡崎哲二/著 筑摩書房 

株式市場について学ぶうえで、M&Aの知識は欠かせない。M&Aによる経営再建が成功するためにはいくつかの条件がある。大正・昭和初期の三井・三菱・住友・安田、いわゆる財閥のM&Aは注目に値する。本書は主要財閥の持株会社のM&Aに、理論分析・データ分析・史料解釈などさまざまな視点から切り込んだ解説書。コーポレート・ガバナンスや効率的な組織のあり方を学べる。

[名もなき人々が歴史を動かす]

 呉座勇一/著 筑摩書房

歴史の教訓について言及するとき、歴史に関して情緒的なムードをまとって他人からの論破をガードして自説を強調するインフルエンサーも少なくない。歴史を学ぶ際に最も重要なのは、限られた情報の中で事実関係をいかに突きつめるかという方法論を学ぶことにある。ベストセラー『応仁の乱』の著者が、室町時代の「一揆」を分析した成果について、歯に衣着せぬ物言いで解説。

 高野秀行、清水克行/著 集英社

本書は、世界の「辺境」に詳しい作家と室町時代を専門とする歴史家とのコラボレーション。現代のソマリランドと室町時代の日本の共通点を見いだす。ローカルルールが乱立し、自分たちに都合のいいルールを主張してぶつかり合っていた室町時代の日本と、現代アフリカの辺境が似ている。人間の業の深さは時空を超えて変わらないことがわかり、歴史に接する面白さを体感できる。

 高橋 敏/著 筑摩書房

明治改元から150年ということで、今年はプロアマ問わず明治維新について活発に情報発信している。ただし、明治になっていかに変わったのかを議論するには、そもそも徳川時代にどのような社会であったのかを知っておく必要がある。徳川時代について誤解があれば、明治維新についても誤解することになる。本書は、徳川時代における庶民の読み書き、つまりリテラシーの形成を詳説。

*本記事は「NewsPicks Magazine Vol.2」からの転載です。