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そもそも「マーケティング」とは何か

野村NewsPicksアカデミアでは、「3分×10本=30分」 で最先端かつ実践的な知識を学べるオンライン講義MOOC(Massive open online course)を配信しています。井上さんにご登場いただいた「」は視聴回数も多く、たいへん好評でした。

タイトルのとおり、あらゆる人が押さえておくべき「マーケティング基礎論」が語られましたが、講義をするうえで「こういう人に届けたい」などご自身の思いはありましたか。

井上「マーケティング」や「マーケター」という言葉がよく使われるようになったのは最近のことと感じています。以前に比べるとその役割が格段に多岐にわたってきたことを受け、「広告主」の呼び名がそう変わったのだと思っています。それに伴い、そもそもマーケティングってなんだ?と疑問に思う人も増えてきたのではないでしょうか。

そういう方々に向けて「そもそもマーケティングとは何か」をわかりやすく説明したいと以前から考えていたので、MOOC出演はとてもいい機会になりました。

___4O3A1230-2井上 大輔 /ヤフー株式会社 MS統括本部 マーケティング本部長

野村おっしゃるとおり、「マーケティング」は意味がかなり広い言葉ですよね。あらためて伺いたいのですが、その定義とは何でしょう?

井上お答えする前に逆にお聞きしたいんですけど、野村さんは編集者さんですよね。「編集」って何ですかね?

野村いきなり逆質問されるとは思いませんでした(笑)。あくまで私の考えですが、「世の中にある膨大な情報を、時流に合わせて一番おもしろい形で並べ替えること」だと定義しています。

井上なるほど。たとえば本であれば、編集者は本を売るところまで責任を負うんでしょうか。

野村出版社では基本的に、本を作るのは編集者、売るのは営業担当という認識です。ただ最近では、最後まで責任をもつ編集者も増えてきました。

このタイプの編集者は、本が書店に並ぶ前からどのように話題を作り、出版後もその話題をいかに持続させるかまで考えます。

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井上野村さんは、そちらのタイプですか。

野村そうですね。「NewsPicksアカデミア」の編集として、どういう方々に向けてコンテンツを作ればこのイベントが満席になるだろうか、MOOCが見られるだろうかと、いつも考えています。

井上なるほど。だとすると、編集とマーケティングってすごく近いですね。

野村……というと?

井上全米マーケティング協会が作った、マーケティングの定義なるものがありまして。これ、すごいんですが、とりあえず読み上げますね。どうか取り乱さないでください(笑)。

Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.

訳しますと、

マーケティングとは、顧客・クライアント・パートナー・社会にとって価値のある提供物を、創造し・伝え・届け・交換する、活動・組織・プロセスである。

野村やっぱり、かなり広義ですね。

井上私のような人間には、一見しただけではほぼ意味不明なのですが、じっくり読んでいくとすごくいい定義だと思っていて、そのポイントは3つあります。

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1つは「価値を創造し、伝えて、交換する」の部分。まさにマーケティングの定義を一言で表した表現だと思います。さらにいえば、「価値の交換」ですね。マーケティングとは、「価値の交換」をデザインすることだと思っています。

2つ目のポイントは「顧客、クライアント、パートナー、社会にとって」というところ。つまり、相手は「お客さん」でなくてもいいのです。マーケティングと聞くと商品やサービスを売るための活動を思い浮かべる方が多いと思いますが、実はその対象はもっと広く、ビジネスに限定されたりはしません。

アメリカのマーケティングの教科書には、政治家が票を集めるためののマーケティング、慈善団体が寄付を集めるためのマーケティング……とさまざまな項目があります。

採用マーケティングという言葉を最近よく聞きますが、これはちょっとおかしな表現です。採用も、労働力と機会、賃金、就労環境という価値の交換ですから、わざわざ「採用」とつけなくとも“本流”のマーケティングなんです。

野村たしかに、言われてみればそうですね。

井上3つ目は「活動、組織、プロセスである」の部分です。マーケティングは、宣伝部やマーケティング部という専門の組織を必ずしも前提とはしていません。マーケティング部がなくてもマーケティングをしなくてはいけないし、マーケティング部だけがやっていればいいというものでもありません。

野村なるほど、それならマーケターではない編集者が世間とコミュニケーションを取ることも、マーケティング活動といえそうです。

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マーケティング実践の4プロセス

井上マーケティングの定義をお話ししてきましたが、実際のマーケティング業務のプロセスに編集を当てはめてみましょうか。

まずは「市場の定義」。本や雑誌のターゲットとなる読者を設定します。次に、ターゲットにどんな価値を提供するのかを決める「価値の定義」です。本や雑誌でいうと、コンセプトというのですかね。たとえばコンセプトが「働くママが家族の主役」だと、仕事もファッションも育児も旅行も全部楽しむための情報を載せる、みたいな。

野村ええ、そんな感じです。

3番目は「価値の創造」です。ライターやフォトグラファー、グラフィックデザイナーをアサインし、取材をして実際にコンテンツを作ることですね。そして最後は「価値の伝達」。本を書店に並べたりプロモーションをしたりして、ターゲットに届ける段階です。

___IMG_3786NewsPicksアカデミア 井上氏のオンライン講義(MOOC)の一場面

こう見るとやはり編集者の仕事はマーケティングに近いですかね。どうでしょう。

野村おお、マーケティングのプロセスに落とし込むと、自分の仕事がすごくクリアになりました。

井上しかも面白いのは、価値を定義して創造する際に、必ずしもその価値が新しいものである必要はないということです。

たとえば「水」。水の価値は「喉の渇きを潤すこと」で、これはまったく新しい価値ではありませんよね。シンプルに喉の乾きを潤したい人がいて、それを満たす水がすぐそのあたりに流通していれば、価値の交換は成立する。マーケティングが成立します。

実際に何社もの飲料メーカーが水を販売しているし、これからも新しい飲料水は発売され続けるでしょう。

野村たしかに。

井上この点が、マーケティングとイノベーションの違いだと思っています。編集はいかがですか。新しくないコンテンツは、価値がないのでしょうか。

野村実はそこも同じで、必ずしも新しさが求められるわけではありません。

たとえば松下幸之助など昭和のイノベーターの語録は、情報としては新しくありません。しかし「なぜ今、それを読み直すのか」という理由を読者に伝えられれば、そこに価値が生まれます。

井上なるほど。マーケティングと編集はどちらも「なんだか花形のイメージだけど、よくわからない」と言われがちな職種ですが、その実態もよく似ていそうですね。

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広告はいつの間に「嫌われ者」になったのか

野村「マーケティングとは何か」が整理できたところで、井上さんご本人について伺いたいと思います。ヤフーのマーケティング本部長として、どのような仕事をしているのですか。

井上私の仕事は広告事業のマーケティングで、内容は大きく3つに分けられます。1つ目は、ヤフーの広告事業のブランディング。広告主のみなさんにヤフー広告を知っていただき、たくさん使ってもらうためのコミュニケーションをしています。

2つ目は、広告主のみなさんのマーケティング支援です。

野村ヤフー自身だけではなく、広告主のマーケティングも手伝うんですね。

井上手伝うというとおこがましいですが、ヤフーにはデータがたくさんあるので、そのデータをマーケティングに活用すべく「武器」を提供している感じです。3つ目の仕事は、新しい広告商品そのものを作ることです。

野村その中で、とくに井上さんが関心を寄せるのはどれでしょうか。

井上仕事のミッションと個人的な思いがもっとも重なるのは、3の新しい広告づくりですね。

野村個人的な思いとは?

井上広告って、今はどちらかというと嫌われ者ですよね。すべての広告がそうだとは思いませんが、有料アプリの人気ランキングでも、広告を表示させないようにする「アドブロッカー」がいつも上位にあります。

野村たしかに、スマホ画面で広告が出てくるとちょっと邪魔に感じますね。

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井上でも私たちが子どもの頃は、広告ってもっと面白かったと思うんです。とくにテレビCMには魅力的なものが多くて、CMで流れる歌を歌ったり、学校で話題にしたりしていました。

リゲインの「24時間戦えますか」なんて今じゃとても言えないですけど(笑)、世相を表しているし、CM自体が目的コンテンツでもあったんですよね。

野村作品としてユニークなものが多かったと。

井上でもそれだけ面白かった広告が、いつの間にか嫌われ者になってしまった。この状況は、広告が大好きな私にとってはとても悲しいです。

野村なぜそうなってしまったんでしょうか。

井上この20~30年で急速に発達したデータとテクノロジーによって、さまざまなサービス・コンテンツでリッチな体験ができるようになりました。たとえばゲームだと、VRを使えば臨場感が格段に増しますよね。

野村はい。

井上それなのに広告ではデータとテクノロジーを、コンテンツを面白くする方向ではなく、ターゲティングや効果測定にばかり使ってきた。もちろんターゲティングや効果測定自体は必要だし重要ですが、そこはもうかなり洗練されてきたので、別のところを掘ってもいいんじゃないかと思います。

効果測定は、広告主にとっては好都合ですが、ともすれば見る方への配慮を書いてしまうこともあります。例えば「ABテスト」ってあるじゃないですか。

野村2種類の広告をユーザーによって出し分けて、どちらのアクセス数が多いのかを調べる、広告では一般的な手法ですね。

井上でもですね、これはワンメディアの明石ガクトさんの言葉なんですけど……野村さんはラブレターを出すときに「ABテスト」をしますか?

野村ああ、そうですね……。今の言葉は刺さりました。

井上AとB、2パターン書いたとしても、推敲に推敲を重ねて最後に出すのは、磨き込まれた1通だと思います。

広告は消費者へのラブレターともいえます。そこでBを見せるというのはある意味、Bを見せられる消費者を実験台にしていることにもなりかねない。

両方とも心を込めて書いたから甲乙つけがたいし、どちらが良いか自分では判断できない、だから友達の女の子に試しに読んでもらおう、みたいなABテストだったら良いと思いますが。

私は前職でテレビCMなどの映像も作っていましたが、海外のクリエイターたちとよく仕事をしました。彼女ら・彼らはB案を出したがらない。それはそれで広告主として困ったわけですが、その思いの強さはいつもリスペクトしていました。

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野村効率を良くするための手法として使われてきたものが、逆に消費者に嫌われる一因になってしまったのですね。

井上コンテンツとして面白くするためにも、広告フォーマットそのものから考え直す必要があります。ヤフーには大量のデータがあり優秀なエンジニアがたくさんいるので、広告を作るフィールドとしては最高です。

そんな環境を生かし「面白い広告フォーマット」を作るのが、私の大きなミッションです。

*後編はです

*井上大輔氏がマーケティングを語った「NewsPicks MOOC」について、詳細はのページ をご覧ください。

inouedaisuke