第1回は

第2回は

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デザインの力は、すべての人に備わっている

入山早稲田大学ビジネススクールの入山です。対談のモデレーターを務めさせていただきます。

石川さんと佐宗さんは、お二人ともデザイン思考を使いながら企業・社会の課題解決やイノベーション創出に取り組むエキスパートです。とはいえ、お二人はスタンスの違いもあるのかもしれない。

そこではじめに、お二人の主張を整理したいのですが、まず佐宗さんは、石川さんのお話を聞いてどう感じられましたか。

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佐宗デザイン思考の前提として、デザイナーは自分がやりたいこと、つまり主観をもっている集団です。石川さんはデザイナーで、やりたいことがある状態が当然ですから、そこからどうイノベーションを生み出すかがポイントになります。

しかし私は、法律とビジネス界の出身です。最初からある程度正解があって、そこに合わせにいく思考にどうしてもなりがちなので、このタイプの人が主観をもつのはけっこう難しい。

実際にデザイン思考でプロジェクトを進める現場で、主観、つまり妄想をもたない人がいる場合もけっこうあるので、そういう環境は変えていかなくてはと思います。

石川佐宗さんと私の主張には、共通する部分が多いと感じます。

ただ違うところは、私は「デザインは、すべての人がそもそも持っていた」と考えているところですね。を書いたのも、それを伝えたいからです。

私が5歳くらいの頃、汗だくになって暑そうにしている人に氷水を渡したら、とても喜ばれた体験がありました。今、デザイン思考で仕事をしているのは、その原体験の延長線上だと思っているので、デザイン思考とビジネスをあまり分けずに考えています。

そもそも佐宗さんも、「妄想→知覚→組替→表現」からスタートしましょうと言っているので、「みんなできるんじゃないか」と思っています。

_04A9879佐宗邦威/BIOTOPE代表(左)、石川俊祐/AnyProjects Founder

入山面白いですね。石川さんは「みんな誰でもデザイン思考ができる」という考えで、佐宗さんのほうは、「できるんだけど、それには妄想が必要だ」という濃淡があるわけですね。

石川「できる」というより「もっていたはず」というほうがより適切かもしれません。小さい頃は、「できる/できない」の概念はないのに、美術の授業で絵が「描ける/描けない」の壁にぶつかったときに、それがデザインの「できる/できない」だと思ってしまう。

しかしデザインとは本来、課題解決や何かを生み出すことなので、そもそも全員に備わっているというのが、私の考えです。

佐宗「ビジョンのアトリエ」は、子どもが言語を覚えるプロセスをイメージして描いたので、そこは同じです。大人になって社会性を帯びるにつれて、そのスペースが減ってしまうという構図です。

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デザイナーとアーティストの共通点と相違点

入山なるほど、重要なポイントですね。私からも質問させてください。

石川さんと佐宗さんそれぞれの著書を読むと、興味深い違いがあります。石川さんは、「デザインとアートは違う」と書かれています。その上で、自分はお客さんの問題を見つけて解決したいから、アーティストではなくデザイナーなのだ、とも書かれています。

一方で佐宗さんは著書で、「アーティストになろう」と書いています。デザイン思考の前の妄想を生み出すには、アーティストにならなければいけないのだと。

デザインとアートは違うのか?われわれはデザイナーとアーティストどちらになるべきなのか?といった疑問について、お二人はどう考えていますか。

_04A9901入山章栄/早稲田大学ビジネススクール教授

石川デザイナーもアーティストも、世の中に対して何か違和感や課題意識をもっているし、世の中をインスパイアしたいという意味では、目的は似ていると思います。ただ、アウトプットの仕方が違うと考えます。

課題をリアルに解決し、明確なビフォーアフターがあるのがデザイン。たとえば、貧困で食べられない人が食べられるようになるという具合です。

一方でアートは、表現することで誰かをインスパイアすれば成り立つ場合が多いのではないでしょうか。だから「世の中には食べられない人がいるんだ、みんなはどう感じるんだい!?」で終わってもかまわない。それによって、誰かが動いて問題が解決に向かう場合もあります。

私自身は、直接的に何かを作って人の流れや世の中の流れが変わることをしたいので、自分のことをデザイナーだととらえています。とはいえ、デザイナーとアーティストは、発想の起点や思考のプロセスを大事にする部分では共通する部分も多々あると思っています。

佐宗先ほどの講演でも「有用性の激流」として話しましたが、「役に立たないものはダメだ」という考えが、世の中をかなり狭めています。

今の時代、課題を解決してビジネスとして成り立つ問題だけではなくなってきているので、人のメンタルモデルそのもの、行動だけでなく思考だけを変えるというオプションもあり得ると思います。すでに、テクノロジーに人間の意識や考えが追いつかなくなってきていますから。

そういう時代のアプローチとしては、メンタルモデルに作用するアート的なものと、課題解決型のものは分けたほうがいいのかもしれません。

石川佐宗さんが言うのは、人を向いたアート型と、プロダクトサービスに向けた課題解決型という違いでしょうか。

どちら向けにしても、妄想なり行動なりを続けた結果として、アートとしての表現になるのか、デザインとしてのソリューションになるのかという違いはあるでしょうね。どちらになるかは、個人個人が決めることだと思います。

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主観と客観が一致するとき=クリエイティブ

入山ありがとうございます。会場では、今日のお二人の話を聞きに来ている会場の皆さんの質問をスライドに投影していますが、これらの質問をお二人に聞いてみましょう。

「なぜ日本にはデザイン思考が浸透しないのか」という質問がいくつか出ていますね。これについて石川さん、いかがですか。

石川イノベーションを生み出すには、主観と客観が一致することが大事です。デザイン思考がうまくいかない理由は、主観と客観が一致するレベルまで深く掘り下げられる人が少ないからではないでしょうか。

表層的な顕在欲求に対してアプローチしているうちは、共創力は生まれにくくなってしまいます。

佐宗主観と客観の例で興味深い話があります。リクルート出身のくらたまなぶさんが言っていたのですが、取材などで何十人もの人と話していくと、だんだんその人になりきれるようになるそうです。

ものまねができるレベルにまでなると、自分の主観と課題がピタッと結びつく瞬間がある。そのときに、普遍的なものができるのではないでしょうか。

彼自身は主観という言葉を使っているわけではありませんが、同じようなことだと思います。

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入山同じくデザイン思考分野で注目されている各務太郎さんと以前話した時に彼が言っていましたが、要するに「イタコ」ですね。イタコのように相手に乗り移って一体化したときが、一番クリエイティブになると。

石川私は以前から、日本人はデザインの本質的な活用能力やセンスが高いと思っています。今は主観と客観が一致するまで深掘りする人が少ないですが、誰かを思いやる利他的な精神が根底にある国民性ですから、意識すればもっとデザイン思考は波及するはずです。

入山では、主観と客観を一体化させるためには、何をすればいいのでしょうか。

石川自分の違和感を拾えるように鍛え直すことが一番です。

入山「違和感を拾う」とは?

石川オフィスでもこの会場でもカフェでも、どこでもいいです。この空間に入ってみて、なんか好きじゃないなとか、好き嫌いのレベルでいいので、感覚を研ぎ澄ませます。

日常をなんとなく当たり前に過ごしていると、違和感を抱くことがあったとしても、その感度をオフにしてしまう。もう見なくなってしまう。

そうではなく、あくまで利用者の視点で生活すると、感覚が磨かれ、相手にも「イタコ」できるのではないでしょうか。

佐宗体の感覚からスタートするというのは、本当にそうですね。私もP&G時代、「前年度比の病」にかかって、自分がどうしたいのかわからなくなってしまったことがあります。

「世の中の役に立つ」とか「価値がある」ということばかり考えていると、逆に自分自身とは遠くなるんだと気づきました。

人間は無意識に違和感を隠してしまうので、朝の5分間に感じた感情をありのままに書くなど、違和感をもったことを肯定する訓練もおすすめです。

あと、自分の中からいったん出て、他人の視点から自分を客観的にとらえ直すてみると、もう一度何がやりたいのか問うたときに、主観と客観が一致するような感覚があります。

入山幽体離脱ですね!ははは、何だかすごい話になってきた(笑)。

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石川その感覚はよくわかります。幽体離脱をして得た客観というか、つかんだ違和感は、実はけっこう万人に共通する違和感だったりします。

多くの人がそう感じているという前提があって、それを何とかしたいという自分の主観があるのが、デザイン思考の軸ですよね。

入山お二人は、どうやって幽体離脱をするんですか?

佐宗石川さんの本に、「エクストリームユーザー」という言葉がありましたね。つまり極端なまでに遠いユーザーを見ることで、実は多くの人に共通した普遍の要素が見える。

たとえばエコの文脈でいうと、世界的な自然保護団体グリーンピースは、エコテロリズムともいわれる過剰な行動で知られています。一見、ただの暴れん坊のようだけれども、なぜそれをするのか?と考えると、実は目の前にいるお客さんも「やっぱり自然環境を守るのは大事だよね」と思っていた、というふうに、世の中の流れをつかむのにも使えます。

入山なるほど、短絡的に「クレーマーはあっち行け」とするのではなくて、「そこにも何かあるはず」と感じることですね。

石川そうですね。違和感をもっているからこそ、彼らはアクションを起こしているとも言えます。

佐宗エクストリームユーザーともう一つ、ちょっと先のユーザーを見るのも大切なポイントです。

デザイン思考をする人は、世の中で今マスになっているものよりも「未来に何が生まれるのか」といったように、先の兆しのほうに興味があることが多い。しかも好きでやっているから、自然と世の中の流れにヒットしやすい。

日本でデザイン思考が今ひとつ広がっていないように見えるのだとしたら、それは「今マスになっていること」に対して、デザイン思考をしているからではないでしょうか。

この時間差に関する指摘は、実は意外に語られていません。

入山「今」だともう遅いんですね、なるほど……。

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インスタグラムで主観を鍛える

入山ここで改めて、会場のみなさんから質問を受け付けましょう。ここまでのお二人の話を聞いて、質問のある方はいらっしゃいますか。

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質問者アメリカのクラウドサービスを提供する会社に勤めています。今、日本ではデザイン思考が浸透していないという話がありましたが、私はアメリカの会社に勤めていても、デザイン思考が浸透しているという感覚がありません。

どういう数字や現象をもとに、アメリカではデザイン思考が浸透しているとお考えなのか、教えてください。

石川たとえばわかりやすい例でいうと、IBMのように1000人単位でデザイン思考家を雇用して、組織の戦略にしている例もあります。

そうではなく、さっき言ったような違和感を生活の中で拾い、それを意見交換する場を全社で取り入れるなど、定性的・感性的に行動や意思決定ができるアプローチをしている会社もあります。

デザイン思考の浸透度を測るものさしは一つではなく、グラデーション的に色々なレベルで浸透している企業が、アメリカには多いと感じます。

ひょっとしたら浸透して当たり前になっているので、わざわざデザイン思考と言わないのかもしれません。私はイギリス生活が長いですが、イギリスでもデザイン思考という言葉は聞いたことがありませんでした。

佐宗ヒエラルキー型で効率重視の会社と、外のユーザーも含めて一緒に価値を作るタイプの会社とは、そもそもOSが違うと思うんです。

後者のほうがデザイン思考を取り入れやすいのですが、日本企業は前者のタイプが多い。今は過渡期ですから、ヒエラルキー型から変化しつつある企業と、そうでない企業の差が激しいですね。

あとは私が留学したイリノイ工科大学など、そうした思考ができる人材を100人規模で輩出できる教育機関がアメリカには多いですが、日本はまだ人材の供給そのものが少ない現状があります。

入山最後に、お二人が主張する主観や妄想を育てるために、明日からわれわれでもできるアクションがあれば教えていただけませんか。

佐宗非公開でインスタグラムに投稿してみるのがいいかもしれません。

「好きだ」という感度を理解し、それを自分なりに表現する格好の方法が、インスタグラムです。まずは、自分が好きだなとか美しいなと思うものを意識して撮影する。そして撮ったものに対し、いいなと思う部分をハッシュタグで書き込む。これなら毎日できます。

私はこれを、恥ずかしいので非公開でやっていました(笑)。でもそれでいいんです。人に見せようとするとかっこつけたり、どうウケるかを考えたりしてしまうので。

入山非公開インスタですか!おもしろいですね。石川さんはどうですか。

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石川先ほど話した、違和感を拾う作業はすぐにでもできるので、今日の帰り道から始めてください。

もう一つ、私たちは仲間内で、インスタに「#好きだ」とつけるのをずっとやっています。自分が見つけた、好きだと思うものを写真に撮って、ハッシュタグをつけてアップする。さらに、「なぜならこういう理由で好きだ」ということまで言い切ってしまう。

そうすると、色んな人たちがめちゃくちゃ反応してくれるので、「世の中はこういうものを求めているのかもしれない!」と自分の自信にもつながります。

感性を磨く訓練だけでなく、反応があると2倍楽しめておもしろいですよ。

入山奇しくも、お二人ともインスタグラムを活用しているとは……驚きました!しかも佐宗さんはプライベートに、石川さんはオープンにと、対照的なのもおもしろいですね。

今日のこれで、インスタグラムのユーザーが一気に増えること間違いなしですね(笑)。お二人ともありがとうございました。

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