「アートはビジネスに活かせる」を言われて久しいが、実際にアートのどのような要素が、ビジネスに活きるのか。アートを活用して業績を伸ばした企業には、どのようなパターンが見られるのかーー。

そのような問いに答えた新刊本『』が、12月に刊行される。

その中から一部を抜粋し、アートをビジネスに活かしている企業の事例として、遠山正道氏が代表を務める株式会社スマイルズの取り組みを解説する。

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スマイルズはどんな企業なのか

株式会社スマイルズ(以下、スマイルズ)は、Soup Stock TokyoやPASS THE BATONなど既成概念や業界の枠にとらわれない外食・小売業の経営で広く知られる日本企業です。

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2000年に当時三菱商事に勤務するサラリーマンであった遠山正道氏により設立され、2008年のMBO以降、その独特のスタンスゆえにビジネス界に大きなインパクトと存在感を与える企業となりました。

遠山氏は、ビジネス界においてはその革新的で斬新な企業経営で一目置かれる存在である一方、アートワールドにおいては現代アートコレクターとして有名です。

本稿ではスマイルズという企業、もしくは遠山正道氏による企業経営自体を、我々の考える「アート・イン・ビジネス」という観点から捉えなおし整理を試みることにより、現代日本における「アート・イン・ビジネス」の最前線を明らかにし、その本質を浮き彫りにしていきます。

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38歳、はじめての意思表示

まず、スマイルズという企業の成り立ちについて、簡単に整理していきます。

株式会社スマイルズは、当時、三菱商事に勤務していた遠山正道氏が、知人と会食中にふと頭に浮かんだシーンから着想された「スープのある一日」という物語形式の企画書によりSoup Stock Tokyoを創業し、三菱商事コーポレートベンチャー第0号として2000年に設立されました。

創業者(2019年現在も社長)の遠山氏は、1962年生まれなので、38歳のときに起業したことになります。

遠山氏は幼い頃からイラストや絵を描くなどの趣味があり、大学卒業後、三菱商事に入社しサラリーマンとなってからも、雑誌の連載などでイラストを描く機会を得たりもしていました。

5_7___________________Photo by Smiles Co., Ltd.

サラリーマンとなって10年ほどが経過し、「自分のかなえたい夢」と「今の自分」の間に横たわる漠然とした違和感を覚え始めていた頃に、代官山で個展を開催します。

そこで、自らの描いた作品を展示し、それをほしいといってくれるお客さんに出逢うことで、遠山氏はこれまでのサラリーマン的なワークスタイルでは得られない体験をします。

遠山氏自身も「はじめての意思表示」であったと当時を振り返りますが、総合商社勤務のサラリーマンとして続けてきたこれまでの仕事が、誰かに頼まれたことをする、100%自分の作品だとは言い切れないものを作り続けるというワークスタイルであったことにあらためて気づき、それがいわゆるアート作品制作や展示、その販売といった一連の流れのなかで得られる充足感とは一線を画す存在であることに気づきます。

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「スープは作品である」

遠山氏は、そこで自らの作品をつくるアーティストになる道を選ぶという選択肢も選択しえた状況であったにもかかわらず、これから自分が向き合っていく仕事(ビジネス)自体を作品づくりであると捉え、個人としてのお客さん/マーケット/社会/世界に向き合い、思考しアウトプットを出していき、ほんの少しずつでも社会を変えていくビジネスに魅力を感じるようになります。

当時、情報産業グループに所属していた遠山氏は、その後、より手触り感のある仕事を求め三菱商事の関連会社であった日本ケンタッキー・フライド・チキン社に出向する機会を得ます。

そこで、外食産業のリアルな状況を感じながら新規事業を企画する仕事に関わるようになる流れのなかで、外食産業としては異例とも思われる、当時は前菜であると捉えられていたスープを主食にする飲食店という選択肢(当時、明らかなマーケットの存在は確認されていなかったと、遠山氏もあとから語っています)をチョイスし、通り一遍でないビジネスを始めたと考えられます。

実際、遠山氏はその著書のなかでも、そして我々のインタビューのなかでも「スープは作品である」と語っています。

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アートでヴィジョンを構想する

ここで、遠山氏のすすめるビジネスにおいて礎となる価値観/世界観はどのようなものであるのかについて、考えてみたいと思います。

我々の行ったインタビューのなかでも、現代日本の置かれた状況をどのように捉えているのかという問いに対して、遠山氏は、これからの時代は一人ひとりが地に足をつけ、自分の目線で社会を捉え、自分らしい/自分にしかできない商い(ビジネス)をしていた江戸時代に戻っていくのではないかと語っています。

やや突飛にも思える遠山氏の考え方を、少し順を追って整理したいと思います。

まず、これまで私たち日本人が生きてきた20世紀は経済の時代であった、と遠山氏は捉えます。

20世紀は、経済的発展に強く先導されることで、走っている電車に飛び乗れば(誰でも)すごい速さで前に進むことができる時代であった、つまり明日何時に起きるのか、明日どこで何をするのか、などの選択は、一人ひとりが考える(選ぶ)までもなく、明日の朝のアポイント(このアポイントの必然性すら上司や取引先の都合で規定されており、自分自身の尺度でその必然性を判断することも困難である)が何時に入っているかによって逆算され、さらに上司の方針、会社の方針で仕事内容は規定され、特に個人の意思や必然性などを考慮するような隙間もないままに日々の社会生活が成立してしまう状況であったということです。

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そのような状況においては、特に個々人が、自分自身の夢を物語る必要もなく、またそれが求められることもなく、ある意味漫然と働いていても経済的にも、そして社会的にも報われ、ある意味安全に生きていくことができた時代であったといえましょう。

しかし、日本の経済的発展が頭打ちになり、まさにVUCAの時代といわれる今、そしてこれからの日本においては、個々人が働く意味が問われ、なぜあなたが職場でこの仕事をしているのか、もしかしたらなぜAIでなくあなたがその仕事をしているのか、そしてそもそもその仕事の必要性/必然性についてすら誰も保証してくれない、自分以外にその仕事をあなたがやる意味を見出し、社会に対して主張する人がいなくなるのではないかと、遠山氏は考えます。

5_7___________________________________________「スマイルズのある1日」 2005年にスマイルズの本来の姿を再確認するために、遠山氏が描いた今後10年間にわたる事業計画書。スマイルズの歩む道沿いにある、各ブランドが紡ぐストーリーが、2015年には矢印がこちら向きになることからも、企業の作り出すヴィジョンが私たちの暮らす社会に向かって作用していくことがよく表れている。 

そこでは、強い意思と、自分がなぜその仕事をするのかという必然性を本人が実感し、さらにそれが周囲に伝わる形で共有されるようなワークモデル、遠山氏の言葉を借りると「自分ごと」としてビジネスする/生きていく姿勢が求められる時代がやってくると遠山氏は語ります。

そのような流れのなかで、スープを作品として捉える遠山氏がそうであったように、スマイルズ社員全員が、個々人で、スマイルズという企業の枠組みの内外を問わず、強度あるヴィジョンと必然性の内に、アントレプレナーマインドをもって生きていくことを最重要と捉えます。

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「自分ごと」としてのビジネス支援を社会へ

さらに遠山氏のヴィジョンは、その射程範囲をスマイルズ社員のみならず日本社会にまで拡げていきます。

実際、株式会社スマイルズの事業ポートフォリオのひとつの軸として、「自分事業(自社内での事業)」と並行させる形で、社内・社外を問わず今の社会のなかで「自分ごと」としてビジネスを始めたい人材に対しての金銭的リソースやクリエイティブリソースの提供を行う「出資・インキュベート事業」を位置づけています。

これは、一企業が社内における人材育成の枠組みを越えて、社会に対してのヴィジョンを抱き、それをきちんと事業化したうえで業務として取り組む、きわめて先進的な事例であると考えられます。

アートを「まだ誰にも見えぬ、何か美しきもの・あるべきものを想い、感じ取り、それを立体化し形にして息を吹き込んでいく作業」であると捉える遠山氏にとっては、社員一人ひとり、はたまた日本社会に生きる一人ひとりが、まだ説明不可能ななんらかの可能性に対して、一個人としてこれからの日本で必要になるなんらかの価値を発見し、自分なりのやり方でスポットライトを当て、それを社会と共有し、そこからビジネスをつくりあげていく行為のなかに、アートの本質を感じるからこそ、ビジネス/事業としての出資・インキュベートを自社事業と並立させているのではないかと考えられます。

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なぜスマイルズは先進的な事例なのか

「アートはビジネスではないけれど、ビジネスはアートに似ている」との遠山氏の発言にも端的に示されていますが、まさに株式会社スマイルズは、スマイルズらしくいままでにありそうでなかったモノの見方やヴィジョンを提示することで、社会に対し、これまでにまったくなかった新しい価値を提供するビジネスモデルを提案していると考えられます。

スマイルズだからこそできること、スマイルズであるからこそ行うべきビジネスを「子どものまなざし」で常に模索し、それを「大人の都合」でビジネスとして回収するための組織体制を社内に構築し、自律的に持続可能性をもってビジネスを継続する、まさに「アート・イン・ビジネス」を実践するきわめて先進的な事例であると考えられます。

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アートに関して、たとえば社内でアートの話をしたり、アーティストを招いて直接的にプロジェクトに関連づけるなどの施策は一切取っておらず、逆に「社員とアートの話をするのは気はずかしい」とすら語る遠山正道氏は、自らのビジネス自体を作品として捉えること、そしてそれを社員と共有し、ゆるがない組織文化を築くことで、社員を育て企業としても成長をとげてきた、少し膨らますと社会を育てることでともに成長を重ねてきた企業として捉えることができるのではないでしょうか。

スマイルズの取り組みは、まさに、これからの時代に求められる「アート・イン・ビジネス」の理想形なのではないかと我々は考えています。

*関連動画:スマイルズの遠山氏がビジネスと「美意識」の関係について語ったNewsPicksアカデミアのイベント「楠木建×遠山正道『経営センスの磨き方』」(2018年9月13日開催)は、にて視聴可能です。