「アートはビジネスに活かせる」を言われて久しいが、実際にアートのどのような要素が、ビジネスに活きるのか。アートを活用して業績を伸ばした企業には、どのようなパターンが見られるのかーー。

そのような問いに答えた新刊本『』が、12月に刊行される。

著者の1人、電通クリエーティブ・ディレクターの若林宏保氏は、アートの力を取り入れてビジネスを創造する活動を行ってきた「アート×ビジネス分野」のプロだ。本日より2日間、本書の抜粋記事を掲載する。

1/5

ビジネスにアートを取り入れる「具体的な効果」

近年、ビジネス界では、ちょっとしたアートブームが起こっています。ビジネスパーソンを対象にしたアートに関する本が書店の棚で目立つようになり、アート鑑賞やデッサンの体験プログラムも盛況です。

iStock-1008171912Photo by iStock/Chalffy

また、アートをオフィスに飾るといった試みや、アーティストと一緒に事業アイデアを発想するワークショップもさまざまな企業において実施されるようになってきました。

もはや、ビジネス界にとってアートは欠かせないものになっているのです。

しかし、アートによる効果はそもそも見えにくく、アートを活用することによって、短期的に売上が向上したり、事業が拡大したりするといった直接的な影響を及ぼすとは考えにくいと思われます。

とはいえ効果を把握しないことには、ビジネスにアートを定着させることは難しく、一過性のブームに終わってしまうかもしれません。

我々の問題意識は、その数字に表れにくい効果を、多様な観点から明らかにしていくことです。

では、いったいアートはビジネスにおいてどのような効果をもたらすのでしょうか。図は、アートがビジネスに効果をもたらすしくみを図式化したものです。

artinbusiness_figure

この図の主人公はビジネスパーソンです。ここでいうビジネスパーソンは、経営者といったトップ層にかぎらず、プロジェクトリーダー、マネージャー、現場の企画担当者といったミドルから現場の方々まで幅広いビジネスパーソンを含んでいます。

そうした一人ひとりのビジネスパーソンが、個人的にアートに触れるという体験によって、自分自身のなかに「アートパワー」を内在化し、ビジネス活動のなかでアートを活用することを通じて、じわじわと、そして幅広い効果を生み出していく様子をこの図は示しています。

本稿では、そのうち前半部分にあたる「アートパワー」について取り上げます。

アーティストが作品を創作し続けることは並大抵のことではありません。そこで、我々は、一般化するのは難しいと承知のうえで、アーティストが作品を作り続けていく活力の源泉、つまり創作の原動力として、4つのアートパワー「問題提起力」「想像力」「実践力」「共創力」を抽出しました。

便宜上、問題提起力を最初に挙げていますが、4つのアートパワーのうちどれが起点になっても構いません。4つの力が循環していくということが重要なポイントであると考えています。

2/5

全ての基本となる「問う力」

アートパワーのひとつめは、「問題提起力」です。「問う力」は、アートを生み出す最初の動機であるといえます。

ここには、「自己の探求」と「批判的洞察」が含まれます。

自己の探求とは、自分とは何なのか、自分は何をしたいのか、など自分自身の内面を問いかける行為です。自己の探求は、自分自身と置かれている環境の間にあるなんらかの違和感が生じたときに起こりうるものです。

優れたアーティストは、そうした違和感に敏感であると同時に、負のエネルギーをやがてはポジティブに変換する力を持っています。

問題提起力を構成するもうひとつの要素は「批判的洞察」です。これまで当たり前と思われていたことに対して批判精神を持って挑みます。

その結果、ある現象やテーマについて、前提を疑い、そもそも「◯◯◯とは何か」といった問いを立て続けることが批判的洞察になります。

こうした批判精神はアート自体にも向けられます。多くの人が美しいと感じるアートではなく、美とは何かについて問いかけてくるような表現が優れたアートであるといえます。

いまから100年前に、日常的な既製品を選び、美術館に展示することで、アートのあり方について論争を引き起こし、目で見る「網膜のアート」から、頭で思考する「観念のアート」への転換を予言したマルセル・デュシャンの精神はいまも脈々と受け注がれているのです。

DSC02054マルセル・デュシャン「泉」のレプリカ(Photo by Takafumi Nomura)
3/5

コンセプトを構築する「想像力」

アートパワーの2つめは「想像力」です。4つのパワーのうち、この想像力こそが、アートをアートたらしめる最も核となる力ではないでしょうか。内発的な問題提起や社会に対する違和感を経て、想像力が生まれていきます。

想像力とは、一般的に「過去の経験を材料として、実在していないものをイメージとして作り出す能力」と定義されます。

さらに「想像力」には2種類あり、たんなる過去の体験を再生する場合と、ある特定の目的に沿って再構成される場合があり、後者を「創造的想像」と呼び、表現を生み出す重要な契機となります。

ここで、オノ・ヨーコの例を挙げ、アーティストの「創造的想像」について考えてみましょう。

オノ・ヨーコは、幼少時代、戦争から逃れるために疎開しました。その疎開先の家で弟と一緒に、屋根の隙間からのぞく空を見上げながら、架空のメニューについて話し合ったそうです。

そしてその「思い描く力」によって生き残っていこうと後に回想しています(モンロー2003)。

iStock-471537999Photo by iStock/searagen

「空」「想像すること」「平和への願い」「自由」は、彼女のその後の表現活動における重要なテーマであり、モティーフとなっていますが、こうした原体験を材料として、特定の目的に沿って再構成しており、まさに想像力が強く働いているといえます。

このような、アーティストの豊かな想像力から「コンセプト」と「表現」が生み出されていきます。現代アートにとって、その作品を成り立たせるテーマ、すなわちコンセプトの構築はますます重要になっています。

コンセプトによって、鑑賞者がアート作品を目にしたとき、何に対する問いなのか、どういった批判が込められているのか、またどういった文化的な文脈を引用しているのかなど、作品の背景にある複雑な意味を読み解いていくきっかけとなっていきます。コンセプトを具体的に見える形や体験にしたものが作品となります。

4/5

孤独な創作活動を続ける「実践力」

アートパワーの3つめは「実践力」です。ここには、「自律性」と「制約条件の突破」が含まれます。

一般的なビジネスパーソンは、なんらかの組織に属して仕事をしています。その組織のなかで課題が上司や得意先から与えられ、その課題を解決するためには働くというのが基本スタイルではないでしょうか。

しかしアーティストは違います。誰からの指示を待つのではなく、自分の意志に従って自発的に創作していきます。しかし、創作活動は孤独であり、世の中で認められるかどうかもわかりません。したがって高い自律性が求められます。

自律性とは、「自分の成し遂げる目的のために、自ら立てた規律に従って、自分の行動を正しく規制すること」であるといえます。一見破天荒にみえるアーティストの創作活動ですが、孤独や不安と向き合い、自分を律しながら創作活動を続けていかなければなりません。

iStock-680198064Photo by iStock/hobo_018

アーティストは、何事にも束縛されず自由な活動が許されていますが、その一方でさまざまな制約条件を突破していく必要があります。

仮に表現したいモノがあったとしても、自分自身の技術的なスキルの限界、制作のための予算、創作環境の確保、発表する場の創出、人的ネットワークの構築など、作品を世に出すためには多大なハードルが存在しています。

アーティストは、それらのハードルを一つひとつ乗り越えながら、作品を作り続けていきます。

ビジネスパーソンがなんらかの組織に属して課題解決する際には、その組織のリソースを活用できますが、アーティストはひとりでその制約を乗り越えていくのです。その突破力こそが創作の活力となっていくのです。

5/5

鑑賞者と価値を作り出す「共創力」

アートパワーの4つめは「共創力」です。ここには、「相互作用」と「共感」が含まれます。

アーティストの手を離れた作品はその時点で鑑賞者や批評家の目にさらされ、社会に開かれた作品となっていきます。今日の現代アートは、アート自体や既成概念に疑問を投げかけるものが多いため、批判も含めて多様な反応が生み出されることはむしろ必然であるといえます。

また、鑑賞者によっては、作品の意図とは異なる解釈が生まれるかもしれません。アート史を振り返っても、はじめから評価され、そのあとも評価されつづけて名作になったという例はむしろ稀であるといえます。

前述したマルセル・デュシャンは、アートにおけるそうした「相互作用」にいち早く着目したアーティストのひとりです。

デュシャンは、アートの創造過程には2つの極があると述べています。一方の極は「アーティスト」であり、他方の極は後世の人々も含む「鑑賞者」です。

アーティストはある意図を込めて作品を作り出しますが、鑑賞者はアーティストが作ろうとしなかった意味を増大させ、自分流に変形させるとしています。

つまり、デュシャンが最も言いたいことは、アーティストはひとりでは創作活動を完結できないということです。鑑賞者が作品を外の世界へと導き、その作品を解読し、鑑賞者固有の仕方で創造過程に参画するということです(デュシャン1995、シャルボニエ1997)。

このように、アーティストと鑑賞者による「相互作用」は、アートの持つ重要な特質のひとつであるといえます。

もうひとつの要素は「共感」です。

優れたアート作品がはじめて出現したときには、一種異様な表現でもあることが多く、最初は受け入れることも難しいかもしれません。

しかし前述したように、アーティストと鑑賞者との相互作用によってさまざまな解釈が生み出されていきますが、時間の経過のなかで美的評価が形成され、やがては時代、地域、民族などの境界を超えて通じあう、共感される作品として後世に受け継がれていくのです。

以上、4つのアートパワーを見てきました。

アーティストは、自分自身へのまなざし(自己の探求)と、社会へのまなざし(批評的洞察)といった2つの視点から、想像力を駆使し、これまで見たこともなかった着眼点(コンセプト)で作品(表現)を通じて世に問いかけ、批判や孤独と闘い(自律性)ながら、制約条件を乗り越えてアート創作を実践していきます。

そうしてつくられた作品は長い年月を経て、後世のまだ見ぬ人との相互作用によって共感を獲得し、社会に開かれたものとして生きつづけていくのです。

*続きは明日掲載します

*関連動画:ビジネスと「美意識」の関係について語ったNewsPicksアカデミアのイベント「楠木建×遠山正道『経営センスの磨き方』」(2018年9月13日開催)は、にて視聴可能です。